研究の紹介


研究の概要

野外調査とDNA分析を行ないながら、おもに野生霊長類を対象に、繁殖戦略や分散様式を解明することを中心に研究を進めてきました。その後、霊長類に限らずアフリカ熱帯林の哺乳類に関する研究を行ない、東邦大学に異動後は、とくに国内の哺乳類を中心とした野生動物の研究にも力を注ぎ始めました。また、様々な研究者と様々な生物を対象に共同研究も行なっています。以下に研究の一部を紹介します。


霊長類のオスの繁殖戦略

野生霊長類のオスの繁殖成功を解明するために、DNA分析で父親を明らかにする研究をしてきました。野生チンパンジーでは、高順位オス、とくに、第1位オスの繁殖成功が高い(Inoue et al. 2008)のに対し、ニホンザルでは、高順位オスの繁殖成功が低いことを明らかにしました(Inoue & Takenaka 2008)。これは、ニホンザルはチンパンジーと異なり、季節繁殖をするため、一度に発情するメスの数が多く、高順位オスが交尾を独占しにくい状況であったことが影響したと考えらます。また、ニホンザルにおいて交尾行動の解析をした結果、ニホンザルのメスは群れに長くいる高順位オスを繁殖相手として避けていることも明らかにしました。
さらに、繁殖につながらない性行動としてオスのマスタベーションの研究も行なっています。複雄群を形成する霊長類のオスはマスタベーションでも射精することが知られています。ニホンザルのオスの行動を分析した結果、マスタベーション行動は交尾ができない可能性の高いときに生起し、性的なはけ口として行なっていると考えられました(Inoue 2012)。





アフリカ類人猿の分散様式

多くの哺乳類と異なり、アフリカ類人猿(チンパンジーやゴリラ)ではメスが生まれた集団から移籍するという特徴があります。これは父系と言われるヒトの社会に似た特徴とも考えられていました。チンパンジーは複雄群でオスが集団に残る父系社会ですが、ニシローランドゴリラは単雄群でオスも生まれた集団を移出するため、分散様式については行動観察だけではわかっていませんでした。DNAを用いた血縁構造の解析の結果、チンパンジーでは予想通り集団内のオス間の血縁度が高いという結果が得られました(Inoue et al. 2008)が、ゴリラでは近隣集団のオス間の血縁度は低く、オスが遠くへ分散していることを示唆する結果が得られました(Inoue et al. 2013)。この結果は、チンパンジーとゴリラの雄の分散様式は異なっていることを示し、ヒトの社会の進化を考える上でも重要な結果だと考えれます(井上 2016)。





アフリカ哺乳類の多様性に関する研究

ガボンで熱帯林の生物多様性保全に関するプロジェクトに参画し、ガボンの熱帯生態研究所の分子解析ラボの設立に携わりました。研究としては、2015年に京都大学で博士号を取得したAkomo-Okoue氏らと協力して、哺乳類の糞試料を収集して、そこから動物のDNAを抽出して、遺伝解析を行なってきました。ムカラバドゥドゥ国立公園内で採取した糞試料の分析を行ない、哺乳類19種がいることをDNAバーコードを用いて決定した研究を発表しました(Inoue & Akomo-Okoue 2015)。また、複数種が同一地域に生息するダイカー亜科に着目して分析を行ない、種ごとに利用しやすい植生が違うことを報告しました(Akomo-Okoue et al. 2015)。





国内の哺乳類に関する研究

哺乳類の多くは、直接行動を観察することは難しいですが、糞を収集することは比較的容易なことがあります。哺乳類の糞からのDNA解析については、いくつか注意すべき点がありますが、工夫をすれば様々な解析を行うことができることがわかっています(井上 2015)。ヤクシカの研究をしている揚妻氏らと協力して、どのような条件の糞であればDNA解析ができるのかを明らかにした論文を発表しました(Agetsuma-Yanagihara et al. 2017)。この論文では、糞をした直後に室内に移動させた糞から抽出したDNAでは、10日経っても解析効率が落ちないことなどから、雨の影響によりDNA解析効率が落ちる可能性を指摘しています。また、外来種であるアライグマの遺伝構造に関する研究なども進めています。今後、東邦大学の学生や共同研究者とともに、さらに多くの国内哺乳類(カモシカ、ウサギ、タヌキ、イタチなどなど)に関する研究を進めていきたいと考えています。