細胞性粘菌がイギリスの科学雑誌Natureの最近の表紙を飾りました

細胞性粘菌という生き物は子実体と言う形状でもせいぜい2 mm程の大きさの小さな生き物です。この生き物は表向きは2つの種類の細胞にしか分化しないために、かなり昔から発生学の研究材料として用いられてきました。最近はいろいろな生き物で全ゲノム塩基配列が決定されていますが、Natureの論文は粘菌でも終了したことの最終報告です。その結果、驚いたことにこの小さな生き物には人間の病気の原因とされる遺伝子が他のモデル生物にもましてたくさん存在することが分かったのです。 多くの人間の病気原因遺伝子は、その遺伝子の機能が損なわれるとなぜ病気になるのかという“なぜ”のところが分かっていません。そのような遺伝子が粘菌にも存在することは粘菌を使って“答え”を出せるのではという期待を抱かずにはいられません。私が10数年程前に粘菌で発見した遺伝子(STATという転写因子をコードしています)はまさにそのような遺伝子で、最近ではガン遺伝子として働くほか、癌細胞の転移などにも関与することが分かってきました。粘菌にもガンがあるのかは分かりませんが、転移と同じような細胞の動きは粘菌にも存在します。むしろ、このSTATのこのようなはたらきは粘菌で先に見つかったことなのです。最近は、植物にもSTATと思われる遺伝子が存在し、それらは植物ホルモンのジベレリンの作用に関係しています。その昔、植物を材料にしていたこともあって、粘菌で見つけた遺伝子が 植物では何をしているかにも興味を持っています。最近、細胞性粘菌のSTATによって制御される遺伝子群として、細胞壁を構成するセルロースを分解するセルラーゼをコードする遺伝子が多く存在することも分かってきましたこちらSTAT遺伝子は多細胞生物にしか存在せず、広い意味でのプログラム細胞死(アポトーシスを含む)にも関与しています。多細胞生物がちゃんとした個体となるためにはプログラム細胞死は必須の過程で、この遺伝子が制御していると考えられます。この遺伝子は多細胞生物がどのように進化したかを知るために1つのヒントを与えてくれるかもしれません。粘菌はたった2 mmの生き物だからといってあなどってはいけません。無限の可能性をそこに感じつつ、最新の分子遺伝学的手法を駆使して日夜研究に励んでいます。

 

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