細胞性粘菌セルラーゼ遺伝子とDd-STATaリン酸化酵素遺伝子候補の解析

荒木 徹

 

細胞内シグナル伝達経路の1つであるJanus kinaseJAK/signal transducer and activator of transcriptionSTAT)経路は、インターフェロンやインターロイキン等のサイトカインや増殖因子等の刺激に応答する経路として同定された。STATは哺乳類だけでなく真核多細胞生物間で広く保存されている。その中でも細胞性粘菌はSTATを有する最も下等な真核多細胞生物と考えられており、STATa~d4種類のSTATが存在することがわかっている。

細胞性粘菌では、STATタンパク質の活性化状態を規定するチロシン残基をリン酸化するチロシンキナーゼは未だ同定されていない。細胞性粘菌ゲノムには、kinome解析により約70個のチロシンキナーゼ様遺伝子が存在することがわかっている。本研究では、その中でもヒトのJAK1やショウジョウバエのHopsctochと相同性が高いタンパク質を発現するdrkD遺伝子とrckA遺伝子について解析し、これらがDd-STATaチロシンキナーゼである可能性を探った。

drkD遺伝子破壊株を用いたcAMP誘導実験によるDd-STATaリン酸化レベルの変動は、野生株と比べて顕著に減少することが分かっている。これはDrkDタンパク質がDd-STATaのリン酸化の誘導に関与していることを示唆している。しかしこの遺伝子破壊株は不安定で容易に表現型が復帰するため、今回新たにノックアウトコンストラクトを作製し、より安定なdrkD遺伝子破壊株の作製を試みた。rckA遺伝子破壊株を用いて同様にcAMP誘導実験によるDd-STATaリン酸化レベルの変動を調べた結果、Dd-STATaリン酸化レベルの誘導がほとんど見られなかった。今後は、rckA遺伝子破壊株を用いて様々な発生段階でのDd-STATaのリン酸化レベルの変化を解析する予定である。また、rckA遺伝子破壊株の表現型は、STATa遺伝子破壊株の表現型と一致する部分が多いことからもDd-STATaチロシンキナーゼの有力候補と考えられる。

細胞性粘菌は子実体形成過程においてセルロースからなる細胞壁を形成し、セルロースの合成は正常な形態形成に必須であることが知られている。本研究ではcelC遺伝子とDDB_G0286061celD)遺伝子の発現制御メカニズムや、それぞれのタンパク質を解析することで、形態形成におけるセルロースやセルラーゼの役割を解明することも目的とした。また、本研究では大腸菌で細胞性粘菌タンパク質を発現させ、抽出、精製しセルラーゼ活性の生化学的性質の詳細を解析することも目指した。ウエスタンブロット法の結果、大腸菌内でCelDタンパク質が発現されていることを検出できたため、今後はこの大腸菌株からCelDタンパク質を抽出、精製しセルラーゼ活性の解析を行っていく予定である。