細胞性粘菌を用いたSH2チロシンキナーゼの機能解析と転写因子STATによって制御されるプログラム細胞死関連遺伝子の同定

 

永口 恵子

 

ヒトのサイトカイン応答因子として発見されたSTATsignal transducer and activator of transcription)タンパク質は、細胞性粘菌にも存在し、細胞分化・発生の過程において重要な役割を持つことがわかってきた。このDd-STATの上流に位置し、Dd-STAT をリン酸化するJAKに相当するチロシンキナーゼは細胞性粘菌では未だ同定されていない。細胞性粘菌におけるチロシンキナーゼとして、Shk (SH2 domain-containing kinase)の存在が知られている。そこで本研究では、shk遺伝子のなかでもshkCshkE遺伝子に着目し、それらの機能解析を目的とした。遺伝子壊株の作製と、lacZレポーター遺伝子株の作製を試みた。しかしながら、現在までのところ、目的の株を得ることはできていない。

 細胞性粘菌は最も原始的な多細胞生物の一種であり、発生過程においてプログラム細胞死が見られる。そのプログラム細胞死にDd-STATaが関わっている可能性がある。そこで本研究では、プログラム細胞死とDd-STATaの関係を明らかにすることを目的に、プログラム細胞死に関与すると思われる遺伝子群の中で、Dd-STATaによって発現が制御されている標的遺伝子の探索を行った。手始めに、細胞性粘菌に存在する他の生物における、プログラム細胞死に関与することが知られた遺伝子と相同な多数の遺伝子から、ESTクローンを入手できる13個をピックアップし、in situ hybridizationによってAx2株とDd-STATa-null株における発現パターンの比較を行った。その結果、Dd-STATa-null株において発現が消失した遺伝子が4個、Dd-STATa-null株において異なる発現パターンが見られた遺伝子が4個、移動体の時期までにAx2株とDd-STATa-null株において発現パターンの差が見られなかった遺伝子が3個の大きく3パターンに分類できた。これらの3種類は、Ax2株における移動体期の発現パターンによってさらに細かく、prestalk AB (pstAB)細胞において特に強く発現されるpstABパターン、prestalk A (pstA)細胞とprestalk O (pstO)細胞の両方において特に強く発現されるものをpstAOパターン、pstA細胞において強く発現されるものをpstAパターン、pstO細胞において強く発現されるものをpstOパターンに分類された。また、他にはAx2株とDd-STATa-null株において移動体期までに発現が見られない遺伝子が2個分類された。以上の結果より、細胞性粘菌のプログラム細胞死に関与している可能性がある遺伝子には、Dd-STATaが直接のアクチベーターとして働く遺伝子、Dd-STATaから間接的な影響を受ける遺伝子、Dd-STATaの影響を受けていない遺伝子が存在することが示された。Dd-STATaの制御下にある遺伝子は少なくとも8個存在した。このうちESTクローンSSI190SSA284SSK250SSL539に対応する遺伝子についてはlacZレポータ株及び過剰発現株の作製を行っている。このことから、細胞性粘菌のプログラム細胞死の経路には、Dd-STATa依存的な経路とDd-STATa非依存的な経路が存在すると考えられる。