STATa依存的発現を示すecmF遺伝子の発現制御とセルロース結合タンパク質EcmFの機能解析

 

稲村 友香

 

細胞性粘菌(Dictyostelium discoideum)は、真核多細胞生物の一種で、短い生活環の中で多様な細胞機能を発揮することが知られている。細胞性粘菌は、栄養に富んでいる環境では単細胞のアメーバとして活発に活動し、分裂、増殖を繰り返すが、周囲の栄養源が枯渇すると集合して多細胞体を形成する。遺伝子操作が容易で、ゲノムの全塩基配列がほぼ終了していることから、発生生物学のモデル生物として多用されている。

  STAT (signal transducer and activator of transcription)は、細胞内シグナル伝達経路の一つであるJAK/STAT経路の最後に位置する転写因子でインターフェロンやインターロイキンなどのサイトカインに応答する転写因子として哺乳類で発見された。また、植物におけるジベレリンシグナル伝達をはじめ、細胞の分化、増殖や形態形成など多くの重要な生命現象に関与していることが知られ、真核多細胞生物間で広く保存されている。細胞性粘菌のSTATの一つであるDd-STATa遺伝子破壊株は、発生が遅れて短く太い特有な形態の移動体を作り発生が止まり、子実体を形成しない。よってDd-STATaや標的遺伝子群は細胞性粘菌の子実体形成に必須であると考えられている。

  本研究ではDd-STATa標的遺伝子の一つと考えられているecmF遺伝子が直接Dd-STATaによって転写を正に制御されているのかを明らかにするために、プロモーター解析を行い、Dd-STATaタンパクの結合部位となりうるシス・エレメントの同定を試みた。その結果、翻訳開始点上流500bp付近の領域がecmF遺伝子の発現に重要であることが示された。

 また、EcmFタンパク質は、セルロースに結合するために重要なアミノ酸が保存されており、セルロース結合モジュール(CBM)をもつCBMファミリーIIbタンパク質と考えられる。そのうえ、シグナルペプチドであると考えられる疎水性のN末端領域をもつことから分泌性の細胞外マトリックスタンパク質であることが考えられている。以前に作製されたecmF遺伝子破壊株の表現型は、野生株の表現型とほとんど違いがなかったことから、本研究では、ecmF遺伝子過剰発現株(ecmFOE株)を作製してその機能を調べた。しかし、ecmFOE株においても野生株と表現型の差が見られなかった。この結果は、ecmF遺伝子以外に多数のCBMファミリー遺伝子が存在する冗長性のために、一つの遺伝子を過剰に発現させても形態形成には大きく影響せず、表現型には現れないことによると考えられる。さらに、EcmF-GFP融合タンパク質発現株を作製し、それを解析した。その結果EcmFタンパク質がculminantの柄の細胞壁部分や基盤に局在していることが確認された。また、結晶性のセルロースビーズであるAvicelへの結合能の検定を行った結果、EcmF-GFPタンパク質はセルロースに結合することが判明した。それと同時に細胞外にもEcmF-GFPタンパク質が存在したことから分泌性のタンパク質であることが確認された。これらの結果はEcmFタンパク質がCBMファミリーIIbタンパク質に属し、実際にその機能を持つことを支持するものである。

  今後は、翻訳開始点上流500 bp付近の領域にあるGC塩基に点突然変異を導入してecmF遺伝子の発現に必要なプロモーター領域をさらに絞っていき、シス・エレメントを同定し、実際にDd-STATa結合できるかを確認する。また、Dd-STATaのタンパク質が実際に同定された配列に結合するかについて検証する必要がある。