Dd-STATa標的候補遺伝子rgnAの機能解析

伊藤 紗織

STAT (signal transducer and activator of transcription)とは、サイトカインや増殖因子に応答する転写因子で、細胞内シグナル伝達経路であるJAK/STAT経路の最後に位置し、発生・分化や細胞増殖、プログラム細胞死など多くの生命現象に関与し、真核多細胞生物に広く保存されている。細胞性粘菌は、STATを有する最も下等な真核多細胞生物である。細胞性粘菌は、富栄養下では単細胞として増殖し、飢餓状態になると集合し発生して最終的に胞子と柄からなる子実体を形成する。子実体形成時には、柄細胞のプログラム細胞死を伴う。細胞性粘菌のSTATの一つであるDd-STATaは、子実体形成に不可欠であるとともにプログラム細胞死など多くの機構に関与している遺伝子である。本研究では、Dd-STATa標的候補遺伝子として同定され、Dd-STATa遺伝子破壊（Dd-STATa null）株で発現が抑制されるrgnA遺伝子の機能解析を行った。

rgnA遺伝子は、regucalcin (SMP30) と相同性があるタンパク質をコードしている。SMP30は、老化に付随して減少するタンパク質で、高等動物だけでなく下等動物においても高度に保存されている。本研究では、半定量的RT-PCR法およびβ-galactosidase染色により野生株とDd-STATa null株で発現を比較した結果、rgnA遺伝子の発現はDd-STATa null株で低下していた。これらの結果は、rgnA遺伝子がDd-STATaの標的遺伝子であることを支持した。β-galactosidase染色では予定柄細胞領域で強く発現がみられ、予定柄細胞で重要な役割を担っている可能性が示唆された。一方、RgnAタンパク質の細胞内局在はDsRed2融合タンパク質の発現結果から、細胞質に局在していることがわかった。

SMP30の機能は、HepG2細胞や腎尿細管上皮細胞において、細胞内Ca²⁺濃度の調節や、細胞内Ca²⁺濃度の上昇に起因するアポトーシスの防御機構に関与することが知られている。本研究では、rgnA遺伝子の機能を解析するために、rgnA null株の作製を試みたが得ることはできなかった。一方、rgnA遺伝子過剰発現株（rgnA^OE株）ではtipの形成が阻害されてmound期の延長が生じ、柄が短い子実体を形成した。細胞性粘菌では、予定柄細胞分化などの形態形成にCa²⁺が関与していることが示唆されており、DIF-1（differentiation-inducing factor-1）による予定柄細胞分化誘導作用の一部もCa²⁺の上昇を介している可能性が示唆されている。これらのことから、rgnA遺伝子は細胞内Ca²⁺濃度の調節に関与し、過剰発現させることによって細胞内Ca²⁺濃度を減少させて予定柄細胞への分化を抑制したということが考えられる。したがって、rgnA遺伝子はCa²⁺の濃度調節を介したプログラム細胞死の制御に関わっている可能性が考えられる。この仮説を明らかにするためには、rgnA遺伝子破壊株の作製が必須で今後の展開が待たれる。