細胞性粘菌expansin様遺伝子expL3の機能解析
中村 有里
細胞性粘菌は最もシンプルな真核多細胞生物で、24時間という短い生活環の中で多様な細胞機能を発揮することが知られている。細胞性粘菌は、細胞分化型が主として2種類しかなく遺伝子操作が容易で、半数体で生活環を繰り返すため変異株の表現型が顕著に出やすいこと、ゲノムの全塩基配列決定が終了していること等からモデル生物として多用されている。
STAT
(Signal Transducers and Activators of Transcription)は、サイトカインなどに応答する転写因子として哺乳類で発見され、JAK/STAT経路と呼ばれる生体の重要な細胞内シグナル伝達経路の最後に位置する。STATは様々な種で広く保存され、発生、分化、細胞増殖、免疫応答やプログラム細胞死など多様な生命現象を司っていることが知られている。細胞性粘菌では、4種類のSTAT遺伝子(Dd-STATa〜d)が同定されている。その中で最も解析が進んでいるDd-STATaの遺伝子破壊株ではcAMPに対する走化性が鈍くなり、発生が移動体で止まり子実体の形成が見られない。このことにより、Dd-STATaによって調節を受ける標的遺伝子は、細胞の集合や子実体形成に重要な機能を持つと推測されている。
エクスパンシンは多くの植物の細胞壁に含まれるタンパク質のファミリーで、細胞壁のポリサッカロイド間の非共有間結合を弱めることで細胞壁の弛緩作用を持ち、細胞壁の伸展性の増加に関わっていることが知られている。このことからエクスパンシンは植物の伸長成長に関わる重要なタンパクと考えられている。植物以外にエクスパンシンを有する例はほとんど知られていないが、細胞性粘菌ではエクスパンシン様遺伝子としてDd-ExpL1〜8が同定されている。
本研究で解析したexpL3 (DDB_G0276287)遺伝子は、マイクロアレイ法と半定量的RT-PCRによりDd-STATa遺伝子破壊株において発現量が低下することが確認され、新規Dd-STATa標的候補遺伝子として同定された。本研究では、expL3遺伝子の機能を解析するためにさまざまなコンストラクトを作製して形質転換体を得て形態を観察した。expL3遺伝子過剰発現株では形態に変化は見られなかったが、expL3遺伝子破壊株では細長い突起を持つtipの形態を示し、発生が遅くなった。また、lacZレポーター遺伝子を利用したexpL3遺伝子のプロモーター活性はpstA細胞領域で確認された。これらの結果から、expL3遺伝子はpstA細胞において機能していると推測される。今後の課題として、expL3遺伝子破壊株の救済実験およびexpL3遺伝子mRNAにおけるスプライシングが及ぼす影響について解析する必要がある。