Dd-STATa標的候補としてのexpansin様遺伝子及びDd-PIASの機能解析

分子発生生物学研究室　小笠原 瞬

　STAT (signal transducer and activator of transcription)は生体の重要なシグナル伝達系のひとつであるJAK/STAT経路を構成し、発生・分化、細胞増殖、免疫応答やプログラム細胞死など多様な生命現象に関与する重要な転写因子であり、広く生物間に保存されている。細胞性粘菌 Dictyostelium discoideumはSTATを有する最も下等な真核多細胞生物と考えられており、Dd-STATa~dの４種類存在する。最も解析が進んでいるDd-STATaは、子実体形成に必須な他多くの機能を持つ遺伝子である。しかし、Dd-STATaの標的遺伝子及び関連遺伝子はわずかしか解明されていない。本研究では、Dd-STATa標的候補遺伝子及び関連因子の機能解析を行うことで、Dd-STATaの機能を解明することを目的とした。

　Dd-STATa標的候補遺伝子として同定されたDdExpL7遺伝子は、植物においてセルロースに作用して細胞壁を弛緩させるexpansinと相同性がある。本研究では、Dd-STATaとDdExpL7遺伝子の発現の関係を解析するため、DdExpL7遺伝子のプロモーター領域をlacZレポーター遺伝子に繋げ、様々なプロモーター領域の欠損変異プロモーターコンストラクトを作製した。これらのコンストラクトを用いてDdExpL7遺伝子発現に必要なpstA*細胞における発現を活性化するシス配列、予定胞子細胞での発現を抑制するリプレッサー領域及びpstAB細胞の発現に必要なアクチベーター領域の同定に成功した。また、DdExpL7遺伝子の過剰発現株が正常な柄を形成出来ないことを確認した。この結果から、DdExpL7は植物のexpansinの機能と類似する可能性があることが示された。また、Dd-STATaの下流にexpansinが存在するという結果は、植物におけるSTATと考えられているGRASファミリータンパク質の下流にexpansinが存在するという報告と一致し、進化の観点からも非常に興味深い結果が得られた。

　哺乳類の細胞のJAK/STAT経路の負の制御因子としてPIAS (protein inhibitor of activated STAT)が知られている。PIASはSTAT以外にもSmadやp53など60以上のタンパク質を負または正に制御する。細胞性粘菌にもヒトのPIASの機能ドメインと相同なアミノ酸配列を多くもつPIAS様の因子が存在することが報告されている。本研究では、GFP融合Dd-PIASタンパク質発現株を作製し、Dd-PIASタンパク質が発生の初期から多細胞全体に弱く発現すること、また、Dd-PIASタンパク質が、哺乳類のPIASと同様に核内に局在することを示した。さらに、半定量的RT-PCR法によって、Dd-PIAS遺伝子破壊株ではDd-STATa標的候補遺伝子の発現上昇はあまり見られなかったが、Dd-PIAS過剰発現株においてDd-STATa標的候補遺伝子の発現が上昇する遺伝子が見られた。これらの結果は、Dd-PIASが哺乳類と同様に核内でDd-STATaを制御している可能性を示している。

　より網羅的にDd-STATa関連因子を同定するために、マイクロアレイ法によって野生株、Dd-STATa遺伝子破壊株及びDd-STATa遺伝子部分破壊株での遺伝子発現量を比較した結果、200を超える遺伝子が同定されていた。本研究では、そのうち、有意義な差があった39遺伝子のなかで、Dd-STATa遺伝子破壊株において転写量の上昇が見られた遺伝子群に対して半定量RT-PCRによって更なる解析を行った。その結果、Dd-STATa遺伝子破壊株と大きな差がでた3つの新規Dd-STATa標的候補遺伝子を同定した。