Dd-STATaの活性化に必要なチロシン残基をリン酸化するチロシンキナーゼ同定の試み
分子発生生物学研究室 佐々木 儀充
細胞内シグナル伝達経路の1つであるJanus kinase
(JAK)/signal transducer and activator of transcription (STAT) 経路はインターフェロンやインターロイキン等のサイトカインや増殖因子等の刺激に応答する経路として同定された。このJAK/STAT経路は真核多細胞生物に広く保存されている。最も下等な真核多細胞生物である細胞性粘菌(Dictyostelium discoideum)ではSTATタンパク質の活性化を規定するチロシン残基をリン酸化するチロシンキナーゼの同定は世界中で試みられてきたが、未だに成功していない。本研究ではDd-STATaに着目し、このDd-STATaの活性化に関わるチロシン残基をリン酸化するチロシンキナーゼを同定することを目指した。
Dd-STATaをリン酸化するチロシンキナーゼを単離するために、まずcDNAライブラリーを発現させてSTATaリン酸化チロシンキナーゼをスクリーニングする方法を確立した。現在まで、5万クローンのスクリーニングを行ったが、目的とするチロシンキナーゼは未だ得られていない。
細胞性粘菌ゲノムには、kinome解析により74個のチロシンキナーゼ遺伝子と思われる遺伝子が存在していることが報告されており、これらのチロシンキナーゼのキナーゼ・ドメイン過剰発現株を作製することを目指した。現在まで、作製した29株のキナーゼ・ドメイン過剰発現株のうち、コントロールとして用いた親株よりもGFP-STATa(core)タンパク質のリン酸化レベルが低下したチロシンキナーゼ遺伝子としてdpyk4、arkA、shkCが同定され、またチロシン残基のリン酸化レベルが上昇した遺伝子としてdrkC、DDB_G0276181が同定された。
DrkD(Dictyostelium
receptor-like kinase D)タンパク質はヒトのJAK1やショウジョウバエのHopsctochと相同性が非常に高く、またスクリーニングにおいてDd-STATaをリン酸化するチロシンキナーゼである可能性が一度示唆されたためdrkD遺伝子を詳細に解析した。drkD遺伝子破壊株を作製し、cAMP誘導実験によるDd-STATaリン酸化レベルを調べた結果、drkD遺伝子破壊株ではDd-STATaリン酸化レベルの誘導が野生株と比較して顕著に減少していた。このことからDrkDがDd-STATaのリン酸化の誘導に一役を担っている可能性が示唆された。またDrkDのキナーゼ・ドメインのみを過剰発現する株を用いてcAMP誘導実験を行った結果、Dd-STATaのリン酸化レベルが低下した。この結果は、Dd-STATaをリン酸化する可能性がある内在のDrkDの機能をドミナントネガティブに阻害したと考えることができ、drkD遺伝子破壊株を用いたcAMPによる誘導実験の結果を強く支持した。さらにdrkD遺伝子は活性化したDd-STATaの核移行が見られる領域であるpstA細胞領域で特異的に発現することが示された。また、DrkDは栄養増殖期における細胞の増殖にも関与していること、及びDrkDタンパク質は翻訳後修飾を受けていること等が明らかになった。
本研究では真核多細胞生物において非常に重要であるJAK/STAT経路について、最も下等な真核多細胞生物である細胞性粘菌を用いて未同定のJAKに相当するチロシンキナーゼの同定を試みた。その結果、今まで全く未知であったDd-STATaをリン酸化するチロシンキナーゼの1つがDrkDである可能性を世界で初めて示すことができた。