細胞性粘菌におけるプログラム細胞死関連遺伝子Dd-ELMO4の解析

佐々木 儀充

 

 STAT (signal transducer and activator of transcription) は、インターフェロンやインターロイキン等のサイトカイン応答因子として発見され、細胞内シグナル伝達経路の一つであるJAK-STAT経路を構成している転写因子である。最も下等な真核多細胞生物である細胞性粘菌 Dictyostelium discoideumにも、Dd-STATa~d4種類存在している。細胞性粘菌は、富栄養状態下では単細胞のアメーバとして、細胞分裂によって増殖している。しかし飢餓状態になると集合して発生し、最終的に胞子と柄からなる子実体を形成する。柄細胞は、予定柄細胞が分化した細胞であり、プログラム細胞死を起こした死細胞である。

 Dd-STATa遺伝子を破壊した株では、発生が移動体で止まり、プログラム細胞死を伴う子実体形成が見られない。このため、Dd-STATaが細胞性粘菌の子実体形成時におけるプログラム細胞死に関与している可能性がある。また細胞性粘菌において、他の生物で既に知られているプログラム細胞死関連遺伝子が多数存在する。既に、Dd-STATaの制御下にあると考えられるプログラム細胞死関連遺伝子がいくつか発見されており、その中の1つとしてELMO/CED-12 familyと相同性があるタンパク質をコードするESTクローンSSK250に対応するDDB0218269遺伝子が発見されている。細胞性粘菌において、ELMO/CED-12 familyと相同性がある遺伝子はDDB0218269遺伝子を含め6つ存在しており、これらの遺伝子の分子系統樹を作製し、DDB0218269遺伝子をDd-ELMO4遺伝子と名付けた。

In situ hybridizationによるAx2株とDd-STATa null株での発現パターンの再比較やlacZレポーターコンストラクトによるβ-galctosidase染色、ile-lacZレポーターコンストラクトによるile-β-galctosidsae染色により、当初Dd-STATaの制御下にあると考えられていたDd-ELMO4遺伝子は、Dd-STATaの制御をほとんど受けていないことが示唆された。また、Dd-ELMO4遺伝子はこれらの実験によりtip期から予定柄細胞領域で発現しており、特にMexican hat期以降からpstAB細胞で強く発現している。

Dd-ELMO4遺伝子破壊株では野生型の表現型と大きく異なり、ニトロセルロース膜上で発生させると、集合した細胞塊から棒状の突起のようなものが伸長し、その伸長した部分が倒れてニトロセルロース膜上を這い、その這った多細胞体は円錐状の形態を示し、最終的に太く表面が粗面である柄を形成しながら上空に伸長した。また、その発生させた多細胞体をカルコフロー染色した結果、野生型と同様にセルロース合成は行われていたが、Dd-ELMO4遺伝子の破壊により、オーガナイザーを含む予定柄細胞の形態形成運動が正常に行われずに無秩序になっている可能性が示唆された。

 Dd-ELMO4遺伝子破壊のレスキュー株の作製において、pAct15::Dd-ELMO4 (G3-G7) を形質転換した株ではほとんどレスキューされず、pEcmF::Dd-ELMO4 (G3-G7) を形質転換した株ではMexican hat期以降で部分的にレスキューした。このように全くレスキューされない、もしくは部分的にしかレスキューされなかったのはactin15ecmFの発現時期や場所がDd-ELMO4遺伝子と異なることが考えられる。本研究によってDd-ELMO4遺伝子は細胞性粘菌の発生における形態形成において、非常に重要な遺伝子である可能性が示唆された。