細胞性粘菌をモデルとしたSTATシグナルネットワークの解析

分子発生生物学研究室　　島田 奈央

　STAT (signal transducer and activator of transcription)タンパク質は、細胞内シグナル伝達経路の一つであるJAK/STAT経路の最後に位置する転写因子で、真核多細胞生物に広く保存され、細胞の分化、増殖や形態形成など、多くの重要な生命現象に関与している。細胞性粘菌のSTATの一つであるDd-STATaの遺伝子破壊株は、細胞の集合が遅く、オーガナイザーが形成されず発生が移動体期で止まり子実体を形成しない。このことから、Dd-STATaやその関連遺伝子は子実体形成やオーガナイザー形成において重要な機能を担っていると推測される。本研究は、細胞性粘菌をモデルとし、in situ hybridizationを利用した方法及びcDNA過剰発現を利用した方法により、これまでにほとんど明らかになっていないDd-STATa標的候補遺伝子や関連遺伝子の同定と解析を行った。

　活性化Dd-STATaの空間的局在及びDd-STATa標的遺伝子であるcudA遺伝子と発現局在の一致する54個の細胞性粘菌ESTクローンについて、in situ hybridizationを行い、野生株とDd-STATa遺伝子破壊株における発現を比較した。その結果、Dd-STATa遺伝子破壊株で発現が低下及び消失するDd-STATa標的候補遺伝子を13個同定した。その中でpstA細胞特異的に発現するSLF308（ecmF）と、pstAB細胞特異的に発現するSSK348（aslA）について解析を進めた。ecmF遺伝子は分泌性でセルロース結合モジュール（CBM）をもつ細胞外マトリックスタンパク質をコードしている。ecmFは17の遺伝子からなるCBMファミリーを形成しているため、ecmF遺伝子破壊株の表現型は野生株と変化がなかった。興味深いことに、別のDd-STATa標的候補遺伝子であるSSL238もCBMファミリーの遺伝子であった。そこで、CBMファミリーから7遺伝子をピックアップし、その発現を半定量的RT-PCRにより野生株とDd-STATa遺伝子破壊株で比較した。その結果、5個のCBMファミリー遺伝子がDd-STATa遺伝子破壊株で発現の低下が確認された。これらの結果は、Dd-STATaの下流に多くのCBMファミリー遺伝子が存在し、Dd-STATaが細胞外マトリックスを介して重要な働きを担っていることを示唆している。

　aslA遺伝子は移動体期のpstAB細胞の先端の一部分である新しい細胞種特異的に発現がみられた。この細胞種をpstABコア細胞と名付けた。aslA遺伝子はアセチルCoA合成酵素様タンパク質をコードしている。aslA遺伝子もecmF遺伝子同様に多重遺伝子ファミリーを形成しているため、aslA遺伝子破壊株は表現型に変化がなかった。aslAの発現とDd-STATaの関係を調べるために、lacZレポーター遺伝子用いて、プロモーターに欠損変異及び点突然変異を導入し転写活性を解析した結果、pstA細胞における発現を抑制するリプレッサー配列、pstA細胞における発現を活性化するアクチベーター配列、及びpstABコア細胞特異的な発現を司るATに富んだアクチベーター配列の同定に成功した。Dd-STATa遺伝子破壊株中では、野生型のaslAプロモーター活性がなく、pstA細胞リプレッサー配列に点突然変異を導入したプロモーターは野生株同様な活性を示した。このことはDd-STATaはpstA細胞リプレッサー及びアクチベーターではなく、pstABコア細胞アクチベーターとして機能している可能性を示している。また、Dd-STATaがpstABコア細胞の分化そのものを制御している可能性も考えられる。どちらの制御が行われているのかは今後の解析が必要だが、Dd-STATaがpstABコア細胞の正常な分化を通して子実体形成を制御していることを示す結果であると考えられる。

　次に、Dd-STATa関連遺伝子を単離するために、Dd-STATa遺伝子部分破壊株中でcDNAライブラリープラスミドを染色体外で過剰発現する方法を確立した。約15万クローンのスクリーニングを行った結果、野生株に近い表現型を示す14個のサプレッサーの単離に成功した。今後、これらの遺伝子について解析を行う予定である。