細胞性粘菌における細胞死関連遺伝子と亜鉛輸送体の解析

塚本 麻衣

 

 STATsignal transducer and activator of transcription)は生体の重要なシグナル伝達系のひとつであるJAK/STAT経路を構成する転写因子で、発生、分化、細胞増殖、免疫応答やプログラム細胞死など多様な生命現象に関与している。哺乳類以外でもショウジョウバエ、ゼブラフィッシュ、線虫等で発見されており、広範囲な生物種間に保存されている。細胞性粘菌(Dictyostelium discoideum)は、STATを有する最も下等な真核多細胞生物で、4種類のDd-STAT遺伝子(Dd-STATad)が存在する。Dd-STATa遺伝子は、子実体形成に必要な多くの機能を持つと推測されているが、現在その標的遺伝子は数種類しか解明されていない。

多細胞生物おいては、細胞に何らかの異常があったときに、そのような細胞を除去するプログラム細胞死というメカニズムを持つ。細胞性粘菌では、単細胞として生活していた細胞が集合して多細胞体を形成し、最終的な子実体を形成する過程で、柄細胞はプログラム細胞死を伴う。Dd-STATaは、この過程に必須な転写因子であることが明らかにされている。細胞性粘菌には、他種の生物におけるプログラム細胞死に関与する遺伝子と相同な遺伝が多数存在し、その中でDd-STATaの標的遺伝子となる可能性のある遺伝子がいくつか同定された。本研究では、細胞性粘菌のプログラム細胞死過程における、Dd-STATaとの関係性を明らかにするため、DDB0185279遺伝子に着目して機能解析を行った。

β-galactosidase染色法を用いた発現解析では、子実体形成期まで予定柄細胞(pstApstO細胞)での発現が見られた。子実体では、upper cupが強く発現しており、lower cupでも弱く発現していた。DDB0185279遺伝子過剰発現株を作製して形態を観察したところ、Ax2株(野生株)より、集合期で約2時間半、移動体期移行で約1時間発生が早くなった。DDB0185279遺伝子がコードするタンパク質は、ELMO/CED-12familyと相同性があり、発生過程で見られるアポトーシスに必要な細胞の食作用における細胞骨格の再編成と細胞運動に関与していることが知られている。β-galactosidase染色法では、DDB0185279遺伝子がmound期で強く発現していることから、実際には集合期で発現していることが予想され、DDB0185279遺伝子が過剰に発現することによって、細胞運動が活発におこり、集合時間を早めている可能性があると考えられる。

近年、ゼブラフィッシュにおいて亜鉛輸送体遺伝子LIV-1STAT3の制御を受けることが示された。本研究では、もう1つのテーマとして細胞性粘菌におけるLIV-1サブファミリーに属する亜鉛輸送体遺伝子、zntA遺伝子及びzntD遺伝子とDd-STATaの関係を調べるため、in situ hybridaizationを用いて解析を進めた。その結果、両遺伝子ともDd-STATa遺伝子破壊株においては発現が見られなかった。従って,これらの遺伝子発現はDd-STATaの制御を受ける可能性が示唆された。