セロビオヒドロラーゼ遺伝子cbhAの機能解析

 

安野 真未

 

研究材料として広く用いられている細胞性粘菌Dictyostelium discoideumは、主に柄と胞子の2種類の細胞に分化する多細胞体のモデル生物である。周囲に栄養が豊富にある場合、細胞性粘菌は単細胞アメーバとして増殖し続けるが、飢餓状態になると細胞外cAMPへの走化性によって応答する細胞が集合して丘状の多細胞体となり、最終的に子実体を形成する。

細胞性粘菌はセルロース合成酵素を有しており、セルロースの合成は多細胞体の正常な形態形成に必須であることが報告されている。また、細胞性粘菌にはセルロース分解酵素 (セルラーゼ) が多数存在しており、セルロースに作用するものであることからセルラーゼの機能を調べればセルロースによる形態形成メカニズムの一端が明らかになると期待される。そこで本研究ではセルラーゼ遺伝子のひとつでエキソグルカナーゼであるセロビオヒドロラーゼをコードすると考えられるcbhA遺伝子の機能解析を行った。

 cbhA遺伝子のコードするアミノ酸配列は、高熱性糸状菌Thermoascus aurantiacus var. levisporusのセロビオヒドロラーゼと最も相同性が高く、黒カビAspergillus niger1,4-β-D-glucan cellobiohydrolase Bと最も近縁であることが示された。また、CbhAタンパク質のアミノ酸配列は、Neurospora crassaのセルビオヒドロラーゼIにおけるセルロース結合ドメイン及びセルラーゼドメインのアミノ酸配列と相同性があった。そのため、CbhAタンパク質がセルロース結合ドメインおよびセルラーゼドメインを持つ可能性が示された。しかしながら、本研究ではセルロースに対する結合活性の検出までは行わなかったため、これらの仮説の証明は今後の課題として残された。

 半定量的RT-PCRの結果、cbhA遺伝子は24時間目で最も強い発現が見られた。また、lacZレポーター遺伝子発現株の解析では子実体の胞子で非常に強い染色が見られ、CbhA-GFP融合タンパク質発現株の解析においても胞子で蛍光が確認された。以上の結果より、cbhA遺伝子は胞子において強く発現していることが示された。また、cbhA遺伝子破壊株のspore viability assayにおける生存率はAx2株のおよそ半分に下がることから、cbhA遺伝子はセルロース性の胞子外皮につつまれた胞子の形成に関与している可能性が考えられる。cbhA遺伝子破壊株は、Mexican hat期以降の形態形成に異常がみられ、発生開始から24時間目でculminantが倒れたような形で形成された。約40時間目で子実体を形成するが、柄の短いものや胞子がはっきりと区別できない形態をとるもの等、柄や基盤(basal disc)の形成にも異常が見られた。lacZレポーター遺伝子発現株の解析では移動体期ではpst O細胞およびpst B細胞 (特に後衛細胞) で弱い染色がみられ、Mexican hat期ではtrailと多細胞体全体に点々と染色が見られた。Culminant期では柄や基盤においても点々と染色がみられたため、発現は弱いながらもcbhA遺伝子はセルロースに富んだ柄や基盤の形成にも関与している可能性があり、上述のような表現型が遺伝子破壊株におて観察されたのはこのためであると推測される。しかし、cbhA遺伝子破壊株の救済実験において形質転換体の表現型は救済されなかった。そのため、cbhA遺伝子破壊株の表現型が形質転換の際に他の遺伝子座に変異が入ってしまったことによるものである可能性を否定できない。従って、今後は再度cbhA遺伝子破壊株を作製し、救済実験による解析を行う必要がある。