交詢社ビルディング

横河工務所(1929)

2001年の東京銀座に、これは異様な存在感を放っていました。黒ずんだ重量感のあるレンガ造りの物体は、窓も少なく人の気配もなく、刑務所か収容所のように見えたかもしれません。しかし、もう少し目を凝らして見るならば、その瀟洒な意匠は一目瞭然だったはずです。戦前の日本にも、退廃と呼びうるほどに成熟した文化があったのでしょう。カーテンを下ろした窓の向こうに、着飾った男女が談笑し撞球に興じる様が目に浮かぶようです。

しかし老いてからのこの建物は、残念ながら、利用者にあまり愛されているようには見えませんでした。1階に入居し最後まで残っていた数軒のテナントは、内装のみならず外観にもあちらこちらに手を加え、醜悪な看板を立てていました。古い意匠の美しさを活用しようという意図は、そこには読み取れませんでした。青山アパートの住人たちとは、だいぶん違います。反対運動もこれといって盛り上がらないまま取り壊されてしまいましたが、理由のひとつはそのあたりにあったのかもしれません。

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