大谷幸夫

(1924−)

「懐かしさ」の建築

丹下健三の門下生の一人です。実際、丹下のプロジェクトの多くに関わったそうです。1924年生まれですから、数多の弟子衆の中で最も先輩格ということになります。

私は国立京都国際会館と文京スポーツセンターがたいへん好きなので、大谷ファンを自称してもいいくらいだと思うのですが、残念ながらこの人は、それら以外に見るべき作品をあまり残してくれませんでした。あとは、東大キャンパス内にひとつふたつと、それから、何でしょうか。

国立京都国際会館は合掌造りを模しており、日本の中世の集落を意識したものです。他方の文京スポーツセンターでは、ヨーロッパの中世が表現されています。こう言うと一見、いわゆるポストモダン的引用主義のように響きますが、大谷は決してポストモダンの建築家ではありません。ポストモダンの建築では、さまざまな歴史的デザインの諸部分が、そのコンテクストを捨象して併置されます。引用されるのは、全体ではなくつねに部分なのです。それに対して大谷の作品からは、日本やヨーロッパの中世の空間全体をそこに再生しようという意図が感じられます。現代の空間の一区画に、別の風景をまるごとそのまま引っ張ってこようという考えです。しかもその「別の風景」が、われわれにとって異質なものではなく、われわれの意識深くに眠っている過去の風景なのです。ポストモダンの建築は、われわれにある種の新奇さを感じさせるものですが、大谷の作品から受ける印象はこれとまさに正反対です。それはむしろ「懐かしい建築」だと言えるでしょう。

これはいかにも簡単そうな話に聞こえるかもしれませんが、このような方向性を持った建築家は意外と少ないのではないでしょうか。モダニズム「後」の建築のあり方として、ひとつの可能性を切り開いたと思うわりには、彼の作品は希少価値的なものになってしまっているようです。

文京スポーツセンター
国立京都国際会館


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