住吉の長屋

★★

安藤忠雄(1976)

ご覧のとおり、外から見るかぎり取り付く島もない、非情なまでに閉鎖的な作品です。これだけを見て、よいとか悪いとか評することも困難ですが、それでもここに込められた思いの激しさは十分に感じ取ることができます。まだ駆け出しの建築家だった安藤は、来る日も来る日も夜も昼も、たった一人で考え続けたのでしょう。人は他人と共同作業などすると、かえってつまらぬものしか生み出さなくなるものです。ここには一人の人間が徹底的に考え抜いた、その孤独な思考の妥協を許さぬ強靭さがあります。そしてこれは恐ろしく挑発的な作品でもあります。世に認めてもらおうという甘えがなく、認められなくて結構という自我の強さと、だが認めさせてやるんだという逞しさがあるのです。現在の安藤がこうした反社会性を今なお持ち続けているかどうか、それは微妙なところでしょう。とはいえ、彼の後年の創作活動すべての原点が、この極小の作品に凝縮されてあることは疑いの余地がありません。

ところでこの物件は当初、三軒長屋の大梁を切断し、真ん中だけを解体してそこに建てられたものです。それだけでも途方もない離れ業という気がしますが、自らも長屋で育った安藤には確信があったのでしょう。ともあれ私は、両隣は今もかつての長屋なのかと思っていました。残念ながらそんなことはなく、右も左もすでに普通の戸建になっています。尤もこの近所には古い長屋がまだちらほらと見られますから、竣工当時の様子を目に浮かべることはさほど難しくないでしょう。

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