メスバウアー分光研究会

Japan Mössbauer Spectroscopy Forum

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シンポジウム報告

第50回アイソトープ・放射線研究発表会 パネル討論2
加速器等を用いる新しい核プローブによる分析と応用

野村 貴美

(東京大学)

1.はじめに

標記パネル討論がアイソトープ・放射線研究発表会の最後の7月5日午後に開催された。参加者数は約60名であったが、この分野では比較的多い参加数である。
 核プローブとする分析法の代表として原子核のγ線共鳴現象であるメスバウアー分析は親核種の57Coが線源として最も多く利用されてきた。メスバウアー分析の魅力は、γ線のドップラー効果を用いてエネルギー分解能を10–8 eVにまで高めているために、原子核との相互作用からスペクトルには超微細構造が現れることである。これから、核外電子の状態つまり原子価、電子スピンの状態、電場勾配や磁気的相互作用から内部磁場など多くの情報を引き出せるために、メスバウアー分析は、物質科学の研究や鉱物学、考古学、生命科学、宇宙探査などに幅広く利用されている。
 一方、最近の加速器の進歩が目覚ましく、そのイオンビームや放射光などの線源がメスバウアー分析に利用可能になり、新しい展開が始まっている。重イオンの加速器施設において放射性同位元素(RI)ビームとして利用できる環境が整ったこと、また、放射光施設で安定した超単色X線ビームが得られるようになったことによる。記念すべき第50回アイソトープ・放射線研究発表会においてこのパネル討論がおこなわれたことは、非常に喜ばしいことである。
 今回4名のパネリストに、新しい測定法と最近の魅力的な研究成果を紹介していただいた。

加速器インビーム・メスバウアー分光の現状と新展開

 

電気通信大学先進理工研究科の小林義男氏は「加速器インビーム・メスバウアー分光の現状と新展開」と題して講演された。はじめにその原理とスペクトルの解釈についてメスバウアー分光に親しみのない方にも分かりやすく述べ、つぎに理研の重イオン加速器施設のシステムと放医研のHIMACでのシステムを紹介された。
 放医研のHIMAC二次ビームラインでは、58Feイオンを500 MeVに加速し、Be標的の入射核破砕反応により57Mnを生成させ、そのビームをエネルギー減衰材を通して試料に注入する。57Feの親核種である57Mnの半減期が85秒と短いために、57Mnをイオン注入しながら57Feの励起核から放出される14.41 keVのγ線を稼働する共鳴カウンター[57Fe濃縮の標準試料を内蔵した平行平板電子なだれ検出器(PPAC)]を用いて測定する。当初は、試料から放出されるβ線のバックグラウンドが高く、スペクトルを測定するのに大変苦労されたようである。現在はアンチコインシデンス検出によりバックグラウンドを除去して、解析に十分な共鳴ピークを得ている。
 このインビーム・メスバウアー分光法の特徴は、次の通りである。

  1. メスバウアー元素がどのような固体試料にも注入することができ、研究対象が広い。
  2. 注入元素の原子数が1010程度の極微量で発光メスバウアースペクトルが得られる。
  3. 特定原子の固体中の動的振る舞いが観測できる。
  4. 化学分離をすることなく、化学的効果(ホットアトム効果)を追跡できる。
  5. 57Mnによるβ壊変は57CoのEC壊変に比べ、オージェ効果の寄与が小さいので、誘起される格子欠陥や損傷のスペクトルに及ぼす影響が少ない。

 応用解析としては、金属や半導体、酸化物や化合物のイオン注入の研究が行なわれた。たとえば、Si半導体中に注入した希薄なFe原子が格子置換位置か格子間隙位置を占有する。温度変化により格子間位置のFe原子は、ジャンプを繰り返し、格子欠陥を見つけながら、置換格子位置に収まることを明らかにした。そのほかアルミナや酸化マグネシウムのMnイオン注入による格子欠陥や置換位置の解析の例が示された。最後に57Mnの時間分割測定により化学結合の時間変化をin situ測定した結果を示した。MgOに注入直後の100 ns以内の測定では、格子欠陥を伴う近傍の複数のダブレットが現れるが、250 ns以後には置換位置を示すダブレットのみとなり、その強度が増大する。今後、不安定な中間体の生成・消滅やそのメカニズムの解析が進められると期待される。

放射光メスバウアー分光法と核共鳴非弾性散乱

 

つぎに京都大学原子炉実験所の北尾真司氏は、「放射光メスバウアー分光法と核共鳴非弾性散乱」と題して、大型放射光施設を利用したメスバウアー分光法の開発研究を紹介された。放射光は、非常に高輝度で、パルスビーム、エネルギー可変、偏光特性などの特徴を有する。これまでのメスバウアースペクトルの測定を補完するだけでなく、入手困難なRI線源についてもメスバウアースペクトルの測定が可能となり、新しい研究手段として開発が進められている。ただ、放射光の超単色ビームでも広いエネルギー幅(meV)を有しているので、測定には工夫が必要になる。実験方法として

  1. パルスビーム間の核励起緩和時間を利用して時間スペクトルを測定する方法、
  2. 核分光結晶を利用する方法
  3. 透過体と散乱体の2つの試料を利用する方法が開発されている

(1)は、前方散乱法として核励起の準位の光子の吸収により量子ビートが現れ、測定も比較的早い。しかし、時間スペクトルの解析が複雑なために測定しても論文にできない場合が多かった。(2)は、良質な核分光結晶がFeしか得られず、他の核への応用は、これからである。(3)は、透過体を通過して共鳴吸収したエネルギーのX線は、共鳴散乱体で散乱されるX線の吸収線として現れることを利用して従来のメスバウアースペクトルと似たスペクトルが得られる。透過体と散乱体の一方が試料で、他は標準試料にする。全反射による多層膜の試料のメスバウアースペクトル測定など、様々な研究に応用されている。核共鳴非弾性散乱法として放射光のエネルギーをmeVのエネルギー幅で変調させて入射させると固体の格子の振動により弾性散乱ピークの両側に非弾性散乱ピークが観測される。これから従来のメスバウアー情報では得られなかった共鳴核のフォノン状態密度が求められる。
 はじめKEKにおいて開発が進められ、現在SPring-8において放射光ビームが得られるようになって、以前より利用しやすくなっており、実験手法もほぼ確立してきているため、今後様々な応用研究への展開が期待される。

単原子・クラスター・薄膜のメスバウアー分光

 

東京理科大理学部の山田康洋氏は、「単原子・クラスター・薄膜のメスバウアー分光」と題して最近の研究成果を紹介された。不活性固体中に分子・原子を単離する低温マトリックス法とメスバウアースペクトル測定と組み合わせたシステムを構築してきた。低温マトリック単離法では、アルゴンガスを15 Kで低温凍結させ、その固体中にレーザーアブレーションにより蒸発した、不安定な化学種を補足して低温メスバウアースペクトルの測定を行う。単にFeを蒸発させただけでも、Feの単原子や二量体の他三量体以上のクラスターが含まれる。マトリックスガス中に反応ガスを混入しておくと蒸発した高エネルギーの鉄原子との衝突により、通常の方法では得られない新しい化学種が生成する。最近、57Mnインビーム・メスバウアー分光法を駆使してArマトリックス中で単原子の測定に成功し、基底状態のFe0やFe+が生じずに励起状態のFe+(3de7)が選択的に生じることを見い出した。また、レーザー蒸着による長周期構造をもつ鉄薄膜は、形状異方性による磁気配向性が発現すること、さらにアルゴン雰囲気のもとで磁気配向を自在に制御できることを明らかにした。さらにレーザー蒸着よりも低い数十eVのエネルギーを有するアーク放電の蒸発により、基盤面の形状を反映した薄膜が得られること、また、鉄化合物の組成制御した薄膜を反応ガス中で通常では得られない岩塩型構造のγ'''-FeNを作製することができることを示した。今後の孤立化合物の研究発展に期待したい。

新しい外場応答型スピンクロスオーバー錯体

 

東京大学大学院総合文化の小島憲道氏は、「新しい外場応答型スピンクロスオーバー錯体」と題して講演された。まず、光誘起スピンクロスオーバー現象を分かりやすく説明された。一般に、遷移金属イオンのd電子の数が4から7個(d4〜d7)の場合、配位子場の強さに応じて高スピンと低スピンの状態を取り得る。プロピルテトラゾール鉄(II)錯体[FeII(ptz)6](BF4)2は120 Kでスピンクロスオーバー現象を示す錯体であるが、60 K以下において514 nmの波長の光を照射すると結晶が赤紫色の低スピン状態から無色の高スピン状態になり、753 nmの波長の光を照射すると赤紫色の低スピン状態に戻る。また、室温付近の温度変化によりFe(II)のトリアゾール錯体がスピンクロスオーバーを示し、分子デバイスの可能性が示唆されてきた。つぎに独自に開発した(1)トリアゾール架橋鉄錯体・ナフィオン膜[Fe(Htrz)3]-Nafion、 (2) pH応答を示すジアミノサルコファジン鉄錯体-ナフィオン膜[FeII(diAMsar)]-Nafion, (3) 温度により電荷移動相転移を起こすジチオシュウ酸架橋鉄混合原子価錯体(CnH2n+1)4N[FeIIFeIII(dto)3] (dto=C2O2S2), (4) フォトクロミックを示すスピロビランをインターカレートしたジチオシュウ酸架橋鉄混合原子価錯体(SP)[FeIIFeIII(dto)3] (SP = Spiropyran)についてその特性と解析についてわかりやすく説明された。
 サルコファジン鉄錯体をナフィオンに挿入した[FeII(diAMsar)]-Nafion膜はpHに応答を示し、さらに印加電圧でスピン状態を制御できる。高スピン状態のFe(II)と低スピン状態のFe(III)がdto配位子によって架橋された混合原子価錯体(C3H7)4N[FeIIFeIII(dto)3]は、120 KでFe(II)からFe(III)への電荷移動に伴う相転移を示し、これ以下の温度ではFe(III)は高スピン状態、Fe(II)は低スピン状態となる。また、この低温相は7 Kで強磁性転移を示す。この錯体の電荷移動相転移および強磁性転移はカチオンのサイズによって制御可能になることから、フォトクロミック分子として有名なスピロピランをカチオンとして用い、UV照射によって誘起されるスピロピランの光異性化に伴う体積膨張によって低温相が高温相に変換され、5 Kであった強磁性転移を22 Kまで上昇させることができた。以上のことはメスバウアー分光によって明瞭に確認された。電荷移動相転移を起こす60 Kから120 Kの温度では、約0.1 MHzの頻度で原子価揺動が起きていることがミューオンスピン分光(μSR)からわかった。メスバウアースペクトルが観測できる時間スケールは、10–7 sから10–10 sであるのに対してミューオン分光では10–5 sから10–11 sと広い。メスバウアー分光法とミューオンスピン分光法はこれらの物性現象を実験的に解明するのに重要な分析となることがわかる。

 最後の討論では、つぎのことが意見交換された。核プローブの分析法はあきらかに研究のツールとして有用であることがわかる。加速器等を用いた核プローブの新しい測定法は、マシンタイムなどで制約されるが、より多くの研究者が利用できるように使用しやすい環境を整えることが必要である。メスバウアー分光法は、高い元素選択性を有し、分子レベルの物質の機能解明に不可欠な分析法で、物質・材料開発者にとっては大事なツールであり、今は汎用性のある普通の分析法になってきている。一方、メスバウアースペクトルの微細な変化からはさらに有益な情報が引き出せるので、詳細にスペクトル解析を進めることによって質の高い研究が行われることが期待される。

 

以上、2時間半を超えたパネル討論において核プローブはあらためて重要なツールであることを認識させられた。その進歩・発展を俯瞰するのに相応しいパネル討論になったと思われる。興味ある話題を提供にしてくださった4名の先生方に対して深く感謝いたします。