STATa標的遺伝子の検索と機能解析
我々の研究室では転写因子STATaの機能を理解するためにSTATaによって発現が制御される標的候補遺伝子を探すことにしました。その前に、細胞性粘菌ではある特定の興味のある遺伝子があったときにその遺伝子の機能を完全に無くするために遺伝子破壊株(null mutant)を容易に作ることが出来ます。また、過剰発現ベクターを構築しそれを細胞へ形質転換することで安定な過剰発現株(gain-of-function mutant)も容易に作製することが出来ます。下の図にはSTATa遺伝子を破壊したときに表現型がどうなるかが示されています。一目瞭然、子実体を作ることが出来なくなります。この他にも発生が遅くなる、走光性が無くなるなどの著しい表現型の変化が見られ、細胞運動にも影響を及ぼしていることが分かります。これらは、さまざまな理由からオーガナイザーの消失によると推測出来ます。
STATaによって発現が制御される標的候補遺伝子は、発現が正に制御されているもの及び負に制御されているものの両者が考えられます。前者の場合、STATaはアクティベーターとして作用して�ｨり、後者の場合はリプレッサーとして作用していることになります。ここでは、話を簡単にするためにSTATaがアクティベーターとして作用している標的候補遺伝子を探すにしました。そのときに、まず注目したのがSTATaそのものの発現です。STATの項で説明したように、STATはタンパク質レベルで活性化されるために転写レベルの制御はそれほど重要でないのですが、下図にあるとおりin situハイブリダイゼーションの結果（左の図）はSTATa遺伝子が予定柄細胞特異的に発現していることを示しています。また、蛍光抗体染色法によるSTATaタンパク質の局在（右の図）は、移動体の最も先端のpstA細胞(prestalk A cells)において活性化され核に移行していることが分かります。このことから正に制御される標的候補遺伝子は少なくとも予定柄細胞に発現していると推測出来ます。
幸いなことに、細胞性粘菌ではゲノムプロジェクトと日本が中心となったcDNAプロジェクトが終了していて、多くの遺伝子についてその発現パターンの解析がin situハイブリダイゼーションによってなされていました。我々はこの中から標的候補となっていそうな発現パターンを示すものを54クローン選びました。もし、STATaによって発現が正に制御されているのであれば、STATa遺伝子破壊株において発現が低下、あるいは消失するものと考え、これら全て退くローンについてin situハイブリダイゼーションを行い野生株とSTATa遺伝子破壊株における発現を比較しました。
細胞性粘菌の予定柄細胞はさまざまなマーカー遺伝子の発現パターンによってさらに幾つかに細分されます。下図は、そのうちの３つだけを簡単に模式化して示しています。上述のようなin situハイブリダイゼーションによる比較によって、表のように発現パターンの異なる13個の標的候補遺伝子を同定することに成功しました。
そのうちの典型的な４つの遺伝子の発現パターンについて以下の図に示します。もっと詳しく知りたい人は論文として公表していますのでそちらを参考にして下さい（Shimada et
al., 2004, Int. J. Dev. Biol.）。
さて、次にすべきことは本来であればこれら13個の遺伝子全てについてその機能を解析しなければいけないのですが、何せ人材不足でとても出来ません。現在までに手がけたものあるいは手がけているものはほんの数個にすぎません。ここでは、そのうちの２つだけ紹介します。
まず、最初はpstAO細胞（要するに予定柄細胞全体です）に発現される遺伝子SLF308(ecmF)です。下図のようにSTATa遺伝子破壊株では発現がほとんど無くなります。この遺伝子は細胞外マトリックスを構成しセルロースに結合出来るタンパク質とほとんど同じものをコードします。このことは、STATが細胞運動を制御している事実と細胞運動には足場としての細胞外マトリックスが必須であることを考えあわせると非常に意味のあることです。残念ながら、ecmF遺伝子を単独で破壊して機能を阻害しても表現型としてはほとんど見られません。論文にはそのように書きました（Shimada
et al., 2004, J. Plant Res.）。ですが、実際はコンスタントに30分くらい集合が遅くなります。論文にするときには30分くらい意味があるのかとレフリーに訊かれるのが関の山ですからあえて表現型無しとしましたが、本当は少しあるというのが事実です。また、この遺伝子と類似の遺伝子はゲノム全体に17個存在するため、単独の遺伝子を破壊してもほとんど表現型が出ないのは容易に想像されます。EcmFタンパク質は実際にセルロースに結合出来ます（Inamura et al., 未発表）。STATa依存性を示す典型的な遺伝子としてcudAが知られています。この遺伝子がコードするCudAタンパク質は転写因子で、STATa依存性の発現を示す遺伝子の中にはCudA依存性を示すものがあり、expL7などがこれに相当します（Ogasawara
et al., 2009, Dev. Growth Deff.）。しかし、ecmF遺伝子はCudAを介さないことがわかりました（未発表）。したがって、直接にSTATaによって制御されていると考えられています。
次はpstAB細胞と一般的には呼ばれる細胞で発現されるSSK348(aslA)遺伝子です。これも、下図のようにSTATa遺伝子破壊株では発現がほとんど無くなります。pstAB細胞は移動体の先端にコア状に存在しており、ここを起点として上から下に向かって柄が形成されるために、子実体形成に非常に重要なはたらきをしていると推測されています。調べた限り、このようなパターンを示すほとんどの遺伝子はSTATa遺伝子破壊株では発現が低下します。しかし、同様の発現パターンを示すものでも実は幾つか異なったグループに分けられるというのが本当のところです。なかでも、我々の研究によってaslAは少し変わっていて且つとても重要であることがわかりました。
この遺伝子の発現をより簡単に見るために大阪大学の前田先生の協力を得て下図のようなレポーターコンストラクトを作り、それを細胞性粘菌の細胞に導入しました。これによって、どの時期にどこの細胞でaslA遺伝子が発現されているかがわかる訳ですが、特に下の写真のfからhまでを注目して下さい。
この時期をさらに詳しく見たのが下の写真です。
ここで、今までの定義に立ち返ってみるとpstAB細胞というのは下図の青いところで、最終的には柄細胞全体も含まれます。ところが、aslA遺伝子を発現している細胞（下図の赤いところ）は明らかに違う挙動をしており、このことからこの細胞をpstABコア細胞と呼ぶことにしました。
この研究で最も重要なことは、STATa遺伝子破壊株ではaslA遺伝子の発現が見られず、pstABコア細胞が分化しないということです。ところで、上述のようにSTATaが正に制御する標的遺伝子（候補はつきません！）として唯一わかっていて詳しく解析されているものにcudAという遺伝子があります。この遺伝子は予定胞子細胞以外にpstAB細胞と似たような細胞にも発現されます。この細胞はpstA*/AB細胞と非常にややこしい名前がついていましたが（今はtip-organiser細胞と呼ばれています）、我々が注意深くaslAと同じような解析をすると、aslAが発現するpstABコア細胞とtip-organiser細胞とは若干異なることがわかってきました（Shimada et al., 未発表）。我々は、このpstABコア細胞かtip-organiser細胞のどちらかがオーガナイザーそのものではないかと推測していますが、それを直接証明出来ていません。
結論を模式的に上に示しました。これで大体わかると思いますが、詳しく知りたい人は公表した論文を見て下さい（Shimada
et al., 2005, Differentiation）。この論文は審査にあたった全てのレフリーから素晴らしいと絶賛されました。
STATaの機能でもっとも重要と思われるものはオーがナーザー形成に関与すると思われることです。これに関係するテーマはこちらも参照にして下さい。また、関連する話題として大阪大学近藤滋先生のコラムをご本人の了解を得て紹介致します。先生の考えでは遺伝子を考慮に入れなくてもらせん波で説明出来るとなっておりますが、僕はそうではないと考えております。
ところで、先程述べたように標的候補遺伝子のほとんどは未だ解析していません。それどころか、マイクロアレイ解析の結果、さらに200個以上の発現が低下あるいは上昇する遺伝子がとれてきました。そのうち、発現の低下の程度の激しいもの数十遺伝子については櫻井さんが解析してくれて、ほぼマイクロアレイの結果が正しいことを証明してくれました。新たなテーマとしては、これらのうちでもさらに発現の低下が激しい（STATa依存性の強い）もの１０個くらいについて発現パターンの解析などの機能解析をしたいと考えています。
また、STATa依存性の強い遺伝子の中には多くのセルラーゼが含まれていました。STATa依存性を示さないセルラーゼも存在しますが、これらをまとめて解析しています。それらは、こちらのページを見て下さい。