1H NMR スペクトル(プロトン核磁気共鳴スペクトル)を“見て”理解しよう!

1)誘起磁場によるしゃへい効果と非しゃへい効果を見る


スペクトルの教科書にはベンゼン,エチレンおよびアセチレンの誘起磁場は次の図のように説明されています.どうしてエチレンとアセチレンでは誘起磁場が生じる方向が多重結合の向きに対して異なっているのでしょうか.

これを理解するために静電ポテンシャル等値面を分子に重ね合わせたものを示します.

静電ポテンシャルというのはプラス1価の電荷を分子の近くに置いたときに,その電荷が引力を受けるのか,あるいは斥力を受けるのかをあらわすエネルギーです.

引力を受けるということはすなわちマイナスの電荷がある場所(電子に富んでいる)で,逆に斥力を受けるということはプラスの電荷がある場所(電子に乏しい)ということになります.

それらのエネルギーの大きさを数値化して,ある一定の値をなぞると下のような図ができるので,静電ポテンシャル等値面といいます.

ベンゼンの静電ポテンシャル等値面を負の値にして表示した場合,これはパイ電子の位置をあらわすことになります.

ベンゼンの6個のパイ電子は分子の上下に中華饅頭のような格好をしてあらわれています(図a).このベンゼンを下方向からの磁場の中に置かれると,電子がこのお饅頭にそってぐるぐるまわるので前のページにあったような誘起磁場が生じるのです.(図の下に続く)



同じようにエチレンとアセチレンの静電ポテンシャル等値面を表示させると,それぞれ図bと図cのようになります.

エチレンではベンゼンと同じところにパイ電子があるのがわかります.これは常識ですよね.

一方,アセチレンでは分子の周りをドーナツのようにぐるっとパイ電子が囲んでいます.ふつう,教科書ではアセチレンのパイ電子は分子に対して直交しているように書いてありますが,実際に計算してみると直交しているのではなく,この図のようにぐるっと分子を囲んでいることがわかります.

ここまで読むとどうしてエチレンとアセチレンでは誘起磁場が生じる方向が違うのかがおわかりでしょう!