1H NMR スペクトル(プロトン核磁気共鳴スペクトル)を“見て”理解しよう!

3)ビシクロ環化合物におけるロングレンジカップリングを分子軌道で見る.

ビシクロ環化合物におけるロングレンジカップリングは“W形配座構造”によるものであると教科書に書かれています.

たとえば,下のビシクロ[2.2.1]ヘプタンやビシクロ[2.1.1]ヘキサンではW形配座をとっているプロトン間のカップリング定数が3.5Hz, 7Hzと大きなものになっています.

それでは一番右のビシクロ[1.1.1]ペンタンではW形配座の水素間のカップリング定数が10Hzなのに対して,H1-H3間のカップリング定数が18Hzなのはどうしでなのでしょうか?



教科書では,W形配座構造をとるような水素が結合している炭素のバックローブの重なりによってカップリング定数が大きくなるのだという説明や,W形でカップリング結合するためのルートが多いために大きなカップリング定数を与えるのだという説明がなされています.

図a,図b,図cおよび図dはそれぞれビシクロ[2.2.1]ヘプタンのHOMO{-4},ビシクロ[2.1.1]ヘキサンのHOMO{-2}およびビシクロ[1.1.1]ペンタンのHOMO{-1}とHOMO{-2}を示しています.

図aと図bをくらべると,W形配座のプロトン同士のHOMOの青-赤-青-赤の配置は図aのビシクロ[2.2.1]ヘプタンは一つのルートに対し,図bのビシクロ[2.1.1]ヘキサンでは二つのルートを通ることができます.このことは,W形でカップリング結合するためのルートが多いものがカップリング定数の値が大きいことと一致しています.(図の下に続く)


次に図cと図dをくらべます.図cはビシクロ[1.1.1]ペンタンのHOMO{-1}を,図dはビシクロ[1.1.1]ペンタンのHOMO{-2}を示しています.W形配座をとっている図dのプロトンのHOMOの青-赤-青-赤の配置は二つのルートを通ることができるのに対し,図cのHOMOの青-赤-青-赤の配置は三つのルートを通ることができます.

このことからビシクロ[1.1.1]ペンタンではW形配座構造をとるプロトンどうしよりも直線的に配置されているプロトンどうしのカップリング定数が大きいことがわかります.