有機化学反応機構で授業中に使用します.

訳者まえがき
 ひと昔前まで計算化学は実験化学者にとって遠い存在であったが,現在では誰でも簡単にパソコンを用いて分子計算を行うことができるようになった.しかしながら分子を画面上で組み立てて計算させてはみたものの計算結果の解釈に困る場合が少なくない.そんなとき手にしたのがThe Molecular Modeling Workbook for ORGANIC CHEMISTRYである.SPARTAN Viewを使いながら実際に問題を解いてみると,有機化学における数多くの重要な反応や現象を計算によって得られたデータ(それらは数値ではなく美しいグラフィックスで表示されている)を用いて説明するようになっていることに驚いた.これは従来の有機化学の教科書や演習書には見られなかった特徴である.また,本書で紹介されている数多くの計算例は我々に「どんな計算結果が分子のどんな性質を反映しているのか.得られた結果をどのように解釈すればよいのか」に対する指針を与えてくれており,計算結果の取り扱いに悩んでいた者の一人としては,まさに目から鱗が落ちる思いであった.
 著者の一人であるWarren J. Hehre博士(カリフォルニア大学名誉教授)は計算化学と実験化学の橋渡しをするような研究を数多く手がけてきた著名な研究者である.ここ数年はアメリカ国内,ヨーロッパおよび日本において計算化学を有機化学教育に導入するためのセミナーを精力的に行っている.最近アメリカで出版された有機化学の教科書に分子モデリングデータを含むCD-ROMが添付されるようになったが,そのきっかけを作ったのもHehre博士であると聞いている.このような点から観てもHehre博士は“分子モデリングを利用した有機化学教育のパイオニア”であると言えよう.
 著者らが「有機化学における分子モデリング」で述べているように本書は有機化学初学者を対象に書かれたものであるが,有機化学を一通り学習した学生諸君が使用しても十分興味を持って学習できる内容となっている.分子計算ソフトウエアを研究に利用している人にとっても「計算結果の使い方のお手本」として大いに役立つものと思われる.詳しい実験方法が必要な読者にはHehre博士らによる,EXPERIMENTS IN COMPUTATIONAL ORGANIC CHEMISTRY(日本語版:計算有機化学実験,園田ら訳,アイネック出版)やA Laboratory Book of Computational Organic Chemistry等の「実験書」も出版されているのでそれらを参考にされたい.
 The Molecular Modeling Workbook for ORGANIC CHEMISTRYのユニークな内容に魅了された訳者が東邦大学理学部化学科の授業で教科書として使用した際,学生向けに必要な項目を翻訳し始めたのがこの日本語版出版のきっかけである.訳していて明らかに誤りであると思われた箇所はHehre博士に問い合わせて確認したが,訳者の誤解などによってもなお誤りがあるかもしれない.不備な点についてご指摘いただければ幸いである.
 最後に,日本語版を作成するにあたりCRC総合研究所の高崎敏英氏,内田典孝氏,高橋美弥子嬢には多大なるご尽力をいただいた.この場を借りてお礼を申し上げる.

2000年1月 訳者