11. 有理数
前章では,自然数と同値類を用いて整数を定義し,整数上の加法と乗法を定義した.また,減法は加法に関する逆元を加えることとして定義した.本章では,さらに整数を拡張して有理数を定義し,その性質を調べる.
11.1 有理数の定義
ここでは整数を通常どおり\(0,1,-1,2,-2,\ldots\)と書き,通常の整数の加法,減法,乗法を用いる.整数を有理数へ拡張することは,整数を分子と分母にもつ分数を定義することと考えられる.ここでは小数による表示は考えない.例えば,\(\frac23\)は分子\(2\)と分母\(3\)という2つの整数の組によって表される.
整数の場合には,同じ差を表す自然数の組を同一視した.有理数の場合も,同じ分数を表す整数の組を同一視する.実際, \[\frac23=\frac{-2}{-3}=\frac46=\frac{-4}{-6}=\cdots\] のように,\(\frac23\)を表す整数の組は無限に存在する.この例で分母に\(0\)が現れていないことに注意し,分母が\(0\)でない整数の組を用いて有理数を定義する.
\(\mathbb Z_{\neq0}:=\mathbb Z\setminus\{0\}\)とする. \(\mathbb Z\times\mathbb Z_{\neq0}\)上の関係\(\sim_{\mathbb Q}\)を \[(p,q)\sim_{\mathbb Q}(r,s) \overset{\mathrm{def}}{\Longleftrightarrow}ps=rq\] と定める.ここでの積は整数の乗法である.
\(\sim_{\mathbb Q}\)は同値関係である.
命題 11.2 の証明
反射律と対称律は等号の性質から従う.推移律について,\((p,q)\sim_{\mathbb Q}(r,s)\),\((r,s)\sim_{\mathbb Q}(t,u)\)とする.\(ps=rq\),\(ru=ts\)なので \[(pu)s=(ps)u=(rq)u=q(ru)=q(ts)=(tq)s\] となる.\(s\neq0\)より,整数の乗法の消去法則を用いて\(pu=tq\)を得る.したがって\((p,q)\sim_{\mathbb Q}(t,u)\)である.
分母が零でないという条件は,この推移律の証明にも使われている.仮に\((0,0)\)を許すと,\((1,1)\sim(0,0)\)かつ\((0,0)\sim(2,1)\)なのに\((1,1)\not\sim(2,1)\)となり,同じ式では同値関係にならない.
商集合 \[\mathbb Q:=(\mathbb Z\times\mathbb Z_{\neq0})/{\sim_{\mathbb Q}}\] を有理数全体の集合といい,その元を有理数という.\((p,q)\)の同値類を\([(p,q)]_{\mathbb Q}\)と書き,さらに \[\frac pq:=[(p,q)]_{\mathbb Q}\] と略記する.本章内では,同値類の添字\(\mathbb Q\)も省く.
例えば, \[\begin{aligned} &=\{(0,k):k\in\mathbb Z_{\neq0}\},\\ [(1,1)]&=\{(k,k):k\in\mathbb Z_{\neq0}\},\\ [(-1,1)]&=\{(-k,k):k\in\mathbb Z_{\neq0}\},\\ [(1,2)]&=\{(k,2k):k\in\mathbb Z_{\neq0}\} \end{aligned}\] である.最後の等式は,\((p,q)\sim(1,2)\)の条件が\(q=2p\)となることから分かる. また,約分とは同じ同値類の別の代表元を選ぶことである.例えば \[\frac46=[(4,6)]=[(2,3)]=\frac23\] となるのは\(4\cdot3=2\cdot6\)だからである.整数\(2\)と有理数\([(2,1)]\)は,構成上は異なる対象である.
11.2 有理数の加法と乗法
有理数の代表元に対する次の規則を考える. \[\begin{aligned} +_{\mathbb Q}[(r,s)]&:=[(ps+rq,qs)],\\ [(p,q)]\cdot_{\mathbb Q}[(r,s)]&:=[(pr,qs)]. \end{aligned}\] また,\(0_{\mathbb Q}:=[(0,1)]\),\(1_{\mathbb Q}:=[(1,1)]\)とおく.
\(q,s\neq0\)ならば,命題10.10より\(qs\neq0\)である.したがって,右辺の組は確かに\(\mathbb Z\times\mathbb Z_{\neq0}\)に属する.
上の2つの規則は代表元の選び方に依存せず,well-definedである.
定理 11.4 の証明
\((p,q)\sim_{\mathbb Q}(p',q')\),\((r,s)\sim_{\mathbb Q}(r',s')\)とする.仮定は\(pq'=p'q\),\(rs'=r's\)である.加法については \[\begin{aligned} (ps+rq)(q's') &=(pq')ss'+(rs')qq'\\ &=(p'q)ss'+(r's)qq'\\ &=(p's'+r'q')(qs) \end{aligned}\] なので,\((ps+rq,qs)\sim_{\mathbb Q}(p's'+r'q',q's')\)である. 乗法については \[(pr)(q's')=(pq')(rs')=(p'q)(r's)=(p'r')(qs)\] なので,\((pr,qs)\sim_{\mathbb Q}(p'r',q's')\)である.
したがって,上の式によって\(\mathbb Q\)上の加法と乗法が定義される.以下,混乱のない場合には演算の添字を省く.
分数の記号では,これらの演算は \[\frac pq+\frac rs=\frac{ps+rq}{qs},\qquad \frac pq\cdot\frac rs=\frac{pr}{qs}\] と書ける.これらは単に計算上の約束ではなく,同値類上で矛盾なく定義された演算である.例えば \[\frac16+\frac23=\frac{1\cdot3+2\cdot6}{6\cdot3} =\frac{15}{18}=\frac56\] となる.
任意の\(x,y,z\in\mathbb Q\)について,次が成り立つ.
\(x+(y+z)=(x+y)+z\),\(x+y=y+x\),\(x+0_{\mathbb Q}=0_{\mathbb Q}+x=x\).
各\(x\)に対し,\(x+a=a+x=0_{\mathbb Q}\)を満たす\(a\)がただ1つ存在する.
\(x(yz)=(xy)z\),\(xy=yx\),\(x1_{\mathbb Q}=1_{\mathbb Q}x=x\).
\(x0_{\mathbb Q}=0_{\mathbb Q}x=0_{\mathbb Q}\).
\(x(y+z)=xy+xz\),\((x+y)z=xz+yz\).
定理 11.5 の証明
\(x=p/q\),\(y=r/s\),\(z=t/u\)とする.加法の結合律では,両辺とも \[\frac{psu+rqu+tqs}{qsu}\] となる.加法の交換律と単位元の性質は,定義から直ちに分かる. \(x=p/q\)に対して\(a=(-p)/q\)とすれば\(x+a=0_{\mathbb Q}\)であり,逆順の和も同じである.逆元の一意性は整数の場合と同じく,結合律と単位元の性質から従う.
乗法の結合律では両辺とも\(prt/(qsu)\)となり,交換律・単位元・零との積も定義から分かる.分配律の前半については \[x(y+z)=\frac{p(ru+ts)}{qsu},\qquad xy+xz=\frac{prqu+ptqs}{q^2su}\] となる.後者の分子と分母から共通の非零因子\(q\)を除けば前者となるので,同じ有理数である.後半は乗法の交換律から従う.
加法の逆元を\(-x\)と書き,減法を\(x-y:=x+(-y)\)と定義する.したがって, \[-\frac pq=\frac{-p}{q},\qquad \frac pq-\frac rs=\frac{ps-rq}{qs}\] である.さらに,整数の場合の証明と同じく,分配律と逆元の一意性から \[(-x)y=x(-y)=-(xy),\qquad (-x)(-y)=xy\] も得られる.これらの証明は整数の特別な表示には依存していない.
11.3 整数の埋め込み
写像 \[j:\mathbb Z\to\mathbb Q,\qquad p\mapsto\frac p1\] は単射であり,加法と乗法を保つ.
命題 11.6 の証明
\(p/1=r/1\)ならば\(p\cdot1=r\cdot1\)なので\(p=r\)となる.また, \[\frac p1+\frac r1=\frac{p+r}{1},\qquad \frac p1\cdot\frac r1=\frac{pr}{1}\] から,演算を保つことが分かる.
この埋め込みによって整数\(p\)と有理数\(p/1\)を同一視し,\(0_{\mathbb Q},1_{\mathbb Q}\)を単に\(0,1\)と書く.自然数の埋め込みと合わせると, \[\mathbb N\ \longrightarrow\ \mathbb Z\ \longrightarrow\ \mathbb Q, \qquad n\longmapsto[(n,0)]_{\mathbb Z},\quad p\longmapsto[(p,1)]_{\mathbb Q}\] という関係が得られる.通常の\(\mathbb N\subset\mathbb Z\subset\mathbb Q\)という書き方は,これらの埋め込みによって元を同一視した上での記法である.
11.4 有理数の除法
零でない各有理数\(x\)に対し,\(xy=yx=1\)を満たす有理数\(y\)がただ1つ存在する.一方,\(0\)は乗法の逆元を持たない.
定理 11.7 の証明
まず\(p/q=0/1\)の条件は\(p=0\)である.したがって\(x=p/q\neq0\)ならば\(p,q\)はともに零でない.\(y=q/p\)とすれば \[xy=yx=\frac{pq}{pq}=1\] となる.別の元\(z\)も\(xz=zx=1\)を満たせば \[z=z\cdot1=z(xy)=(zx)y=1\cdot y=y\] なので一意である.また\(0\cdot y=0\)はすべての\(y\)で成り立ち,\(0\neq1\)であるから,\(0\)の逆元は存在しない.
\(x\neq0\)の乗法の逆元を\(x^{-1}\)と書く.つまり, \[\left(\frac pq\right)^{-1}=\frac qp\qquad(p\neq0)\] である.この式も代表元によらない.実際,\(p/q=r/s\neq0\)ならば\(ps=rq\)であり,\(q/p=s/r\)の条件\(qr=sp\)も成り立つ. 記号\(x^{-1}\)は乗法の逆元を表す.ここで上付きの\(-1\)は,数\(-1\)そのものを表しているのではなく,\(x\)の乗法の逆元を表すための記号である.例えば\((x^{-1})^{-1}=x\)は,指数法則を用いて得るのではなく,\(x\)が\(x^{-1}\)の逆元であることから従う.
\(x,y\in\mathbb Q\),\(y\neq0\)に対して,除法を \[x\div y:=xy^{-1}\] と定義する.\(x/y\)とも書く.
したがって,除法は独立した基本演算ではなく,割る数の乗法の逆元を掛けることとして定まる.例えば \[\frac16\div\frac23=\frac16\cdot\frac32=\frac3{12}=\frac14\] である.零で割れない理由は,零に乗法の逆元が存在しないためである.また,\(y\neq0\)ならば\(yz=x\)はただ1つの解\(z=y^{-1}x\)を持つが,\(y=0\)では\(x\neq0\)なら解がなく,\(x=0\)ならすべての\(z\)が解になる.したがって,\(0/0\)も1つの値には定まらない.
11.5 体
可換環\((F,+,\cdot)\)が体 (field)であるとは,\(0\neq1\)であり,零でないすべての元が乗法の逆元を持つことをいう.
体では加法・減法・乗法に加えて,零でない元による除法ができる.\(0\neq1\)という条件により,零元しかない環は体に含めない. 体は必ず整域である.実際,\(xy=0\)かつ\(x\neq0\)ならば,両辺に\(x^{-1}\)を掛けて\(y=0\)を得る.一方,整数の例から分かるように,整域が必ず体になるわけではない. これまでに示した性質から,\(\mathbb Q\)は体である.これを有理数体 (field of rational numbers)という.また,\((\mathbb Q,+)\)と\((\mathbb Q\setminus\{0\},\cdot)\)はともにアーベル群である.後者では必ず\(0\)を除くことに注意する.
| 集合 | 加法について | 乗法について | 2つの演算を合わせると |
|---|---|---|---|
| \(\mathbb N\) | モノイド | モノイド | 環ではない |
| \(\mathbb Z\) | アーベル群 | モノイド | 整域(体ではない) |
| \(\mathbb Q\) | アーベル群 | 非零元全体でアーベル群 | 体 |
同じ記号\(+\)や\(\cdot\)を使っていても,どの集合で計算するかによって,解ける方程式や使える逆元が変わる.有理数は整数の組によって正確に表現できるので,分数を厳密に扱う計算にも適している.
11.6 自然数から有理数までの順序
自然数の順序は加法によって定義できる.整数と有理数にも,埋め込みによってもとの順序を保つ全順序が定まり,これらの順序は加法および正の数の乗法と両立する.
11.6.1 自然数の順序
\(a,b\in\mathbb N\)に対して \[a\leq_{\mathbb N}b\overset{\mathrm{def}}{\Longleftrightarrow} \exists c\in\mathbb N\ (b=a+c)\] と定める.\(a\leq_{\mathbb N}b\)かつ\(a\neq b\)のとき\(a<_{\mathbb N}b\)と書く.文脈から明らかな場合には添字を省く.
\(\leq_{\mathbb N}\)は全順序であり,任意の\(a,b,c\in\mathbb N\)に対して次を満たす.
\(a\leq b\Longleftrightarrow a+c\leq b+c\).
\(c>0\)ならば,\(a<b\Longleftrightarrow ac<bc\).
\(a,b>0\)ならば\(ab>0\).
命題 11.11 の証明
\(a=a+0\)より反射律が成り立つ.\(b=a+c\),\(d=b+e\)ならば\(d=a+(c+e)\)なので推移律が成り立つ.\(b=a+c\)かつ\(a=b+d\)ならば\(a=a+(c+d)\)であり,命題9.10から\(c=d=0\),したがって\(a=b\)となる.これが反対称律である.
全順序であることを\(a\)についての帰納法で示す.\(a=0\)ならば,どの\(b\)に対しても\(b=0+b\)なので\(0\leq b\)である.\(a\)がすべての自然数と比較可能だと仮定する.\(b=0\)ならば\(0\leq\mathrm S(a)\)であり,\(b=\mathrm S(d)\)ならば,\(a\leq d\)または\(d\leq a\)を用いて\(\mathrm S(a)\leq\mathrm S(d)\)またはその逆が得られる.実際,\(d=a+c\)ならば\(\mathrm S(d)=\mathrm S(a)+c\)である.
(1) \(a\leq b\)ならば,ある\(d\in\mathbb N\)に対して\(b=a+d\)と書けるので,\(b+c=(a+c)+d\)より\(a+c\leq b+c\)となる.逆に,\(a+c\leq b+c\)ならば,ある\(d\in\mathbb N\)に対して\(b+c=(a+c)+d=(a+d)+c\)と書ける.\(c\)を消去すると\(b=a+d\)となり,\(a\leq b\)を得る.等号についても消去できるので,狭義の不等式でも同じ性質が成り立つ.
先に(3)を示す.自然数では\(0\leq a\)なので,\(a>0\)と\(a\neq0\)は同値である.\(a,b>0\)ならば命題9.11より\(ab\neq0\)であり,\(0\leq ab\)と合わせて\(ab>0\)となる.
(2)について,まず\(a<b\)とする.このとき\(b=a+d\)となる\(d>0\)があり,\(bc=ac+dc\)かつ(3)より\(dc>0\)であるから\(ac<bc\)となる.逆に\(ac<bc\)とする.全順序性より,\(a=b\)ならば\(ac=bc\)となり,\(a>b\)ならば\(b<a\)に対して今示したことを適用して\(bc<ac\)となる.いずれも矛盾するので\(a<b\)である.
正の自然数を掛けると狭義の大小関係が保たれる.乗法の消去法則そのものは第9章で証明した.
11.6.2 整数の順序
自然数の順序を整数へ拡張する.埋め込みを明示して, \[x\leq_{\mathbb Z}y\overset{\mathrm{def}}{\Longleftrightarrow} \exists n\in\mathbb N\ (y=x+\iota(n))\] と定める.つまり,\(y-x\)が自然数の像となるとき\(x\leq_{\mathbb Z}y\)とする. これは整数そのものの演算を用いた定義なので,代表元の選択には依存しない. 代表元で書けば, \[[(a,b)]\leq_{\mathbb Z}[(c,d)] \Longleftrightarrow a+d\leq_{\mathbb N}b+c\] である.実際,\([(c,d)]=[(a+n,b)]\)という条件は\(c+b=a+d+n\)であり,右辺の順序の定義に一致する.
\(\leq_{\mathbb Z}\)は自然数の順序を拡張する全順序である.また, \[x\leq y\Longleftrightarrow x+z\leq y+z\] が成り立ち,\(z>0\)ならば \[x<y\Longleftrightarrow xz<yz\] が成り立つ.
命題 11.12 の証明
反射律は\(n=0\),推移律は自然数の加法を用いればよい.\(y=x+\iota(n)\)かつ\(x=y+\iota(m)\)ならば,加法の消去により\(\iota(n+m)=0\)となる.\(\iota\)の単射性と命題9.10より\(n=m=0\)なので,\(x=y\)となる. 任意の差\(y-x\)は,第10章で示した表示により自然数の像かその逆元であるから,\(x,y\)は比較可能である.代表元の式に\(b=d=0\)を代入すれば,自然数の順序と一致することも分かる. 加法との両立については,定義から \[x\leq y \Longleftrightarrow \exists n\in\mathbb N\ (y=x+\iota(n)) \Longleftrightarrow \exists n\in\mathbb N\ (y+z=(x+z)+\iota(n)) \Longleftrightarrow x+z\leq y+z\] となる.\(x<y\),\(z>0\)ならば,\(y-x=\iota(n)\),\(z=\iota(m)\)となる\(n,m>0\)がある.したがって\(yz-xz=\iota(nm)>0\)なので\(xz<yz\)となる.逆に,\(xz<yz\),\(z>0\)とする.\(x=y\)ならば\(xz=yz\)となり,\(x>y\)ならば今示したことから\(xz>yz\)となるので,いずれも矛盾する.全順序性より\(x<y\)である.
11.6.3 有理数の順序
\(p/q=(-p)/(-q)\)であり,零でない整数は正か負のどちらかなので,すべての有理数は正の分母を持つ代表元で表せる.正の分母にそろえると,整数の大小関係によって有理数の順序を定めることができる.
\(q,s>0\)である表示を用いて,有理数の順序を \[\frac pq\leq_{\mathbb Q}\frac rs \overset{\mathrm{def}}{\Longleftrightarrow}ps\leq_{\mathbb Z}rq\] と定める.等しくない場合を\(<_{\mathbb Q}\)で表す.以後,添字は必要な場合だけ付ける.
分母が正であるという条件を外すと,同じ規則は使えない.例えば\(0/1=0/(-1)\)であるが,\(0/1\leq1/1\)に対応する\(0\leq1\)は真であるのに対し,\(0/(-1)\leq1/1\)に上の規則を適用すると\(0\leq-1\)となる.
上の定義は正の分母を持つ代表元の選び方によらず,\(\mathbb Q\)上の全順序を定める.また,整数の埋め込みは順序を保つ.
命題 11.14 の証明
\(p/q=p'/q'\),\(r/s=r'/s'\)とし,\(q,q',s,s'>0\)とする.\(pq'=p'q\),\(rs'=r's\)であるから \[\begin{aligned} ps\leq rq &\Longleftrightarrow (ps)q's'\leq(rq)q's'\\ &\Longleftrightarrow (p's')qs\leq(r'q')qs\\ &\Longleftrightarrow p's'\leq r'q' \end{aligned}\] となる.各同値変形には,正の整数を両辺に掛けても,両辺から共通の正の因子を消去しても,不等号の向きが変わらないことを用いた.したがって,この定義はwell-definedである.
反射律と任意の2元の比較可能性は,整数の全順序から従う.\(ps\leq rq\)かつ\(rq\leq ps\)ならば\(ps=rq\),すなわち\(p/q=r/s\)なので反対称律も成り立つ. 推移律について,\(p/q\leq r/s\),\(r/s\leq t/u\),\(q,s,u>0\)とすると,\(ps\leq rq\),\(ru\leq ts\)から \[psu\leq rqu\leq tsq\] となり,正の\(s\)を消去して\(pu\leq tq\)を得る.最後に分母を\(1\)とすれば,整数の大小関係と一致することが分かる.
任意の\(x,y,z\in\mathbb Q\)について, \[x\leq y\Longleftrightarrow x+z\leq y+z\] が成り立つ.また,\(z>0\)ならば \[x<y\Longleftrightarrow xz<yz\] が成り立つ.
命題 11.15 の証明
\(x=p/q\),\(y=r/s\),\(z=t/u\)を\(q,s,u>0\)となるように表す.加法については \[\begin{aligned} x+z\leq y+z &\Longleftrightarrow (pu+tq)su\leq(ru+ts)qu\\ &\Longleftrightarrow psu^2\leq rqu^2\\ &\Longleftrightarrow ps\leq rq\\ &\Longleftrightarrow x\leq y. \end{aligned}\] ここでは共通の項\(tqsu\)を消去し,さらに正の整数\(u^2\)を消去した.
\(z>0\)ならば\(t>0\)である.したがって \[\begin{aligned} xz<yz &\Longleftrightarrow ptsu<rtqu\\ &\Longleftrightarrow ps<rq\\ &\Longleftrightarrow x<y, \end{aligned}\] となる.2つ目の同値変形では正の整数\(tu\)を消去した.
\(a,b\in\mathbb Q\),\(a<b\)とすると,\(a<c<b\)を満たす\(c\in\mathbb Q\)が存在する.
定理 11.16 の証明
\(c:=(a+b)/2\)とすれば,体の演算により\(c\in\mathbb Q\)である.また \[c-a=\frac{b-a}{2}>0,\qquad b-c=\frac{b-a}{2}>0\] なので\(a<c<b\)となる.
このように任意の異なる2元の間に別の元がある性質を稠密性という.自然数や整数には,例えば\(1\)と\(2\)の間に元がないので,この性質はない. \(\mathbb N,\mathbb Z,\mathbb Q\)はいずれも可算無限であり,互いに全単射が存在するが,順序や演算の性質は異なる.
11.7 補足:実数と複素数
有理数は稠密であるが,それだけで数直線のすべての点を表せるわけではない.例えば,\(x^2=2\)を満たす有理数は存在しない.実際,正の解が存在すると仮定し,\(p,q>0\)かつ\(\gcd(p,q)=1\)となる整数\(p,q\)を用いて\(x=p/q\)と表す.すると\(p^2=2q^2\)なので\(p\)は偶数である.\(p=2k\)を代入すると\(q^2=2k^2\)となり\(q\)も偶数となる.これは\(\gcd(p,q)=1\)に矛盾する.負の解があればその符号を変えると正の解になるので,負の有理数にも解はない.
有理数の範囲では,上に有界な空でない部分集合であっても,上限が存在するとは限らない.例えば \[A:=\{q\in\mathbb Q:0\leq q,\ q^2<2\}\] は\(0\)を含み,\(2\)を上界に持つが,\(\mathbb Q\)の中には上限を持たない.
実際,有理数\(r\)が上限ならば\(r\geq1\)である.\(r^2<2\)の場合, \[h:=\frac{2-r^2}{2r+3}\] とおけば\(0<h<1\)であり,\(2rh+h^2<h(2r+3)=2-r^2\)なので\((r+h)^2<2\)となる.すると\(r+h\in A\)であり,\(r\)が上界であることに反する. \(r^2>2\)の場合には\(h:=(r^2-2)/(2r)>0\)とおくと,\(r-h=(r^2+2)/(2r)>0\)かつ\((r-h)^2=2+h^2>2\)である.任意の\(q\in A\)について\(q\geq0\)かつ\(q^2<2<(r-h)^2\)なので\(q<r-h\)である.したがって\(r-h\)も\(A\)の上界となり,\(r\)の最小性に反する.残る\(r^2=2\)の場合は,先ほど示した理由で不可能である.
実数の順序には,上に有界な空でない部分集合が必ず上限を持つという性質がある.これを完備性という.有理数から実数を構成する代表的な方法には,次の2つがある.
コーシー列による構成.有理数列\((a_n)\)がコーシー列であるとは,任意の正の有理数\(\varepsilon\)に対して,ある\(N\in\mathbb N\)が存在し,\(m,n\geq N\)ならば\(|a_m-a_n|<\varepsilon\)となることをいう.ここで\(|q|\)は\(q\geq0\)ならば\(q\),\(q<0\)ならば\(-q\)である.数列の後ろの方の項どうしが,いくらでも近くなるという意味である. 2つのコーシー列\((a_n),(b_n)\)を,差が\(0\)に収束するとき同値とする.すなわち,任意の正の有理数\(\varepsilon\)に対して,ある\(N\in\mathbb N\)が存在し,\(n\geq N\)ならば\(|a_n-b_n|<\varepsilon\)となるときである.この同値類全体の集合として実数を構成する方法を,有理数の完備化という.同値関係の定義には,有理数の演算と順序だけを用いている.
デデキント切断による構成.空でなく\(\mathbb Q\)全体でもない部分集合\(L\subset\mathbb Q\)で,\(x\in L\)かつ\(y<x\)ならば\(y\in L\)となり,さらに\(L\)が最大元を持たないものを考える.\(L\)と\(\mathbb Q\setminus L\)による分割をデデキント切断といい,この切断全体の集合として実数を構成する.例えば有理数\(r\)は\(L=\{q\in\mathbb Q:q<r\}\)に対応し,正の平方根\(\sqrt2\)に対応する切断は\(L=\{q\in\mathbb Q:q<0\ \text{または}\ q^2<2\}\)で与えられる.
いずれの構成でも,実数全体の集合\(\mathbb R\)には,完備性を持つ順序と,その順序と両立する体の演算を定めることができる.これを実数体 (field of real numbers)という.稠密性と完備性は異なる性質であり,有理数は前者を持つが後者を持たない.
実数が得られれば,複素数は実数の順序対で構成できる.集合として\(\mathbb C:=\mathbb R^2\)とおき, \[\begin{aligned} (a,b)+(c,d)&:=(a+c,b+d),\\ (a,b)(c,d)&:=(ac-bd,ad+bc) \end{aligned}\] と定義する.実数\(a\)を\((a,0)\)と同一視し,\(i:=(0,1)\)とおけば,\((a,b)=a+bi\)であり, \[i^2=(0,1)(0,1)=(-1,0)=-1\] となる.これは虚数単位を,その乗法規則も含めて構成したものである.また,\((a,b)\neq(0,0)\)ならば\(a^2+b^2>0\)であり, \[(a,b)^{-1}=\left(\frac{a}{a^2+b^2},\frac{-b}{a^2+b^2}\right)\] が乗法の逆元となる.こうして得られる体を複素数体 (field of complex numbers)という.
複素数を係数とする次数\(n\geq1\)の多項式は,複素数の範囲で,重複を数えて\(n\)個の根を持つことが知られている.
ここで,多項式\(f\)の根とは\(f(a)=0\)を満たす数\(a\)のことである.例えば\((x-1)^2\)では根\(1\)を2回数える.一般に,因子\((x-a)\)が何回現れるかを根\(a\)の重複度という. その体を係数とする非定数の1変数多項式がすべてその体の中に根を持つ体を代数閉体 (algebraically closed field)という.この結果により\(\mathbb C\)は代数閉体である.一方,\(x^2+1\)は実数の根を持たないので,\(\mathbb R\)は代数閉体ではない.
自然数から整数への拡張では加法の逆元が,有理数への拡張では零でない元の乗法の逆元が得られる.実数の順序は完備性を満たし,複素数体は代数閉体である.これらの数の構成には,集合,写像,同値関係,商集合,順序,演算の性質が用いられる.