11回目:有理数
前回の講義では,自然数と同値類を用いて整数を定義し,そして整数上の加法,乗法を定義した. また減法は加法に関する逆元の足し算を考えることで定義できた. 今回の講義では,さらに拡張し,有理数を定義し,その性質を調べる.ただし,証明方法はこれまでとほぼ同じ流れなので,新しいこと以外は省略する.11.1 有理数の定義
ここでは整数は通常通り$0,1,-1,2,-2,\ldots$と書き,これまで通りの加法,減法,乗法を使う. 整数のときと同様に,有理数の定義でも同値類を用いる.整数を有理数に拡張するということは,結局,「整数上の分数」を定義することである.「小数」という概念はここでは考えない.例えば,$\frac{2}{3}$は分子$2$と分母$3$の2つの整数の組でできている.整数のときと同様で, \[ \dfrac{2}{3}=\dfrac{-2}{-3}=\dfrac{4}{6}=\dfrac{-4}{-6}=\cdots \] のように$\frac{2}{3}$を表す分数(整数の組)は無限個存在する. $0$が分母に現れなかったことに注意し,有理数を定義しよう. $\mathbb{Z}$を整数全体の集合とし,$\mathbb{Z}^{*}=\mathbb{Z} \setminus \{0\}$で$0$以外の整数全体の集合を表すことにする. 直積集合$\mathbb{Z} \times \mathbb{Z}^{*}$上の二項関係$\sim$を以下で定義する. \[ (p_1, q_1) \sim (p_2, q_2) \overset{{\rm def}}{\Leftrightarrow} p_1 \cdot q_2 = p_2 \cdot q_1 \] ここでの演算$「\cdot」$は整数上の乗法である. 例えば,$(2,3) \sim (-2,-3) \sim (4,6) \sim (-4,-6)$であることがわかるであろう. この$\sim$は同値関係である(各自確認). ここで$\sim$による同値類を考えてみると, \begin{align*} [(0,1)]_{\sim} &= \{ (0,1), (0,-1),(0,2), (0,-2),\ldots\} & \mbox{($(0,1)$を代表元とする同値類)}\\ [(1,1)]_{\sim} &= \{ (1,1), (-1,-1), (2,2),(-2,-2),\ldots\} & \mbox{($(1,1)$を代表元とする同値類)}\\ [ (-1,1)]_{\sim} &= \{ (-1,1), (1,-1), (-2,2),(2,-2),\ldots\} & \mbox{($(-1,1)$を代表元とする同値類)}\\ [ (1,2)]_{\sim} &= \{ (1,2), (-1,-2), (2,4),(-2,-4),\ldots\} & \mbox{($(1,2)$を代表元とする同値類)} \end{align*} となっている.気持ちとして$[(p,q)]_{\sim}$は分数$\frac{p}{q}$を表している.以降,単に$[(p,q)]$と書く.この同値類$[(p,q)]$を有理数と呼ぶ. さらに,有理数全体の集合,つまり商集合$(\mathbb{Z} \times \mathbb{Z}^{*}) / \sim$を$\mathbb{Q}$と書くことにする. また$[(p,q)]$を$\frac{p}{q}$で略記することで, \[ \frac{4}{6}=[(4,6)]= [(2,3)]=\frac{2}{3} \] のように約分することができる.ここで,$2$と$\frac{2}{1}$は違う集合に属することに注意しよう.これは $\mathbb{Z}$の元と$\mathbb{Q}$の元を区別するためである.11.2 有理数の加法,乗法
次に有理数の加法と乗法を定義する. 実際,次のように定義する. \begin{align*} [(p_1,q_1)]+_{\mathbb{Q}} [(p_2,q_2)] &\overset{{\rm def}}{=} [(p_1 \cdot q_2+p_2 \cdot q_1,q_1 \cdot q_2)]\\ [(p_1,q_1)] \cdot_{\mathbb{Q}} [(p_2,q_2)] &\overset{{\rm def}}{=} [(p_1 \cdot p_2, q_1 \cdot q_2)] \end{align*} 以降$+_{\mathbb{Q}}$と$\cdot_{\mathbb{Q}}$は単に$+$と$\cdot$と書く. なぜこのように定義するかというと,これまで使ってきた分数の足し算と掛け算を考えると, \begin{align*} \frac{p_1}{q_1}+\frac{p_2}{q_2}&=\frac{p_1 q_2 + p_2 q_1}{q_1q_2}\\ \frac{p_1}{q_1}\cdot \frac{p_2}{q_2}&=\frac{p_1p_2}{q_1q_2} \end{align*} となっているからである. 具体的に計算してみると, \[ \frac{1}{6}+\frac{2}{3}=[(1,6)] + [(2,3)] = [(1\cdot 3+2 \cdot 6,6\cdot 3)]=[(15,18)]=[(5,6)]=\frac{5}{6} \] となる.整数のときと同様で,この演算がwell-definedであることを確認する必要がある.
定理 11.1
有理数の加法,乗法はwell-definedである.
次に,上で定義した有理数の演算の性質をそれぞれ見ていく.
便宜上$\mathbf{0}=\frac{0}{1}$と書くことにする.
定理 11.2 (有理数の加法の性質)
任意の有理数$x,y,z \in \mathbb{Q}$に対し,以下が成り立つ.
(4)の$a$は$x=[(p,q)]$に対し,$a=[(-p,q)]$とすればよい.$x$の加法に関する逆元を$-x$と書くこととすると,有理数の減法は\[x-_{\mathbb{Q}}y \underset{\rm def}{=}x+ (-y)\]と定義すればよい.
$x+(y+z)=(x+y)+z$(加法の結合律).
$x+y=y+x$(加法の交換律).
$x+ \mathbf{0}=\mathbf{0}+x=x$(加法の単位元).
$x+a= a+x=\mathbf{0}$を満たす有理数$a \in \mathbb{Q}$がただ1つ存在する(加法の逆元の存在).
次に有理数の乗法の性質を見ていく. 便宜上,$\mathbf{1}=\frac{1}{1}$と書くことにする.
定理 11.3 (有理数の乗法の性質)
任意の有理数$x,y,z \in \mathbb{Q}$に対し,以下が成り立つ.
また整数のときと同様で符号の掛け算も確認できる.
$x\cdot (y\cdot z)=(x\cdot y)\cdot z$(乗法の結合律).
$x\cdot y=y\cdot x$(乗法の交換律).
$x \cdot \mathbf{1}=\mathbf{1} \cdot x = x$(乗法の単位元).
$\mathbf{0}\cdot x= x\cdot \mathbf{0}=\mathbf{0}$.
$x\cdot (y+z)=x\cdot y+x\cdot z$,
$(x+y)\cdot z=x\cdot z+y\cdot z$(分配律).
定理 11.4
任意の有理数$x,y \in \mathbb{Q}$に対し,以下が成り立つ.
$(-x)\cdot y=x\cdot (-y)=-(x\cdot y)$.
$(-x)\cdot (-y)=x\cdot y$.
11.3 有理数の除法
整数の場合,乗法に関する逆元は$1$と$-1$の場合にしか存在しなかった.しかし,有理数の場合,ほとんどすべての元に対し,乗法に関する逆元が存在する.定理 11.5[乗法の逆元の存在]
$\mathbf{0}$を除く任意の有理数$x \in \mathbb{Q} \setminus \{ \mathbf{0}\}$に対し,
\[
x\cdot y = y\cdot x=\mathbf{1}
\]
を満たす有理数$y \in \mathbb{Q}$がただ1つ存在する.
証明
$x=[(p,q)] \in \mathbb{Q} \setminus \{ \mathbf{0}\}$とする.このとき,$p,q \neq 0$であるので,$[(q,p)] \in \mathbb{Q}$が存在し,それを$y$とすると,
\[
x\cdot y=[(p\cdot q,p\cdot q)] = [(1,1)]=\mathbf{1}
\]
であり,条件を満たす$y \in \mathbb{Q}$が存在する.
一意性を示す.$z \in \mathbb{Q}$が$x\cdot z=z\cdot x=\mathbf{1}$を満たすとする. このとき, \[ z=z\cdot \mathbf{1}=z \cdot (x\cdot y)=(z\cdot x)\cdot y=\mathbf{1}\cdot y=y \] より,一意性は示された.
一方,定理11.3の(4)より,$\mathbf{0}$は乗法に関して逆元を持たない.
$\mathbf{0}$ではない有理数$x \in \mathbb{Q} \setminus \{ \mathbf{0}\}$の乗法に関する逆元を$x^{-1}$と書くことにする.
つまり,$x=[(p,q)]$ならば$x^{-1}=[(q,p)]$である.
$-x$の「$-$」がただの記号であったように,$x^{-1}$の「$-1$」は$-1$という整数ではなく,ただの記号である.
乗法の逆元の性質から
\[
(x^{-1})^{-1}=x
\]
であることがわかる.先ほど述べたように「$-1$」は記号であったので,指数法則を使って$(-1)\cdot (-1)=1$と計算しているわけではない.この等式は「$x^{-1}$の乗法に関する逆元は$x$である」ということを述べているに過ぎないことに注意しよう.
一意性を示す.$z \in \mathbb{Q}$が$x\cdot z=z\cdot x=\mathbf{1}$を満たすとする. このとき, \[ z=z\cdot \mathbf{1}=z \cdot (x\cdot y)=(z\cdot x)\cdot y=\mathbf{1}\cdot y=y \] より,一意性は示された.
さて,減法は加法の逆元の足し算で定義することができた.同じ考えで,除法は乗法の逆元の掛け算で定義される. つまり,有理数$x,y \in \mathbb{Q}$で$y \neq \mathbf{0}$となるものに対し,有理数の除法を次のように定義する: \[ x \div_{\mathbb{Q}} y \underset{\rm def}{=} x \cdot y^{-1}. \] 具体的に計算してみると \[ \frac{1}{6} \div \frac{2}{3} = [(1,6)] \div [(2,3)]= [(1,6)] \cdot [(2,3)]^{-1}=[(1,6)] \cdot [(3,2)]=[(1 \cdot 3, 6 \cdot 2)]=[(3,12)]=[(1,4)]=\frac{1}{4} \] となる.
このように定義すると「なぜ$\mathbf{0}$で割れないのか?」という疑問は「$\mathbf{0}$は乗法に関する逆元を持たないから」と理由づけることができる.
11.4 体
有理数の集合は四則演算(足し算,引き算,掛け算,割り算)がうまく定義されていることがわかった.こういった代数系を体 (たい)という.集合$X$と$X$上の演算$+$と$\cdot$に対し,$(X,+,\cdot)$が体 (field)であるとは,$(X,+,\cdot)$が可換環でかつ,性質「$+$に関する単位元($\mathbf{0}$のこと)を除いて,全ての元は$\cdot$に関して逆元を持つ」を満たすときにいう.この後ろの性質が「割り算が定義できる」ということである. $\mathbb{Q}$のことを有理数体(rational field)と呼び,計算機やプログラミングにおける一般的な「数」として扱われる.これまで登場した「群・環・体」が代数学の基本的な研究対象(道具)である.11.5 有理数上の順序
これまで自然数から始めて,整数,有理数と定義してきたが,まだその中の数の順序を定義していない.再び自然数から順序関係を定義していく.整数と有理数では同値関係を使って定義していたので,区別するために,整数を定義するときに使う同値関係を${\sim_{\mathbb{Z}}}$,有理数を定義するときに使う同値関係を${\sim_{\mathbb{Q}}}$と書く.また各演算も$+_{\mathbb{N}}, +_{\mathbb{Z}}, +_{\mathbb{Q}}$のように書く. 自然数$x,y \in \mathbb{N}$に対し,$\mathbb{N}$上の関係を \[ x \leq_{\mathbb{N}} y \overset{\rm def}{\iff} \mbox{$y=x+_{\mathbb{N}} a$となる,ある自然数$a \in \mathbb{N}$が存在する} \] で定義する.つまり$y$は$x$と同じか,$x$のいくつか後ろの自然数である.すると$\leq_{\mathbb{N}}$は順序関係となる. 次に,整数$[(n_1,m_1)]_{\sim_{\mathbb{Z}}},[(n_2,m_2)]_{\sim_{\mathbb{Z}}}$($n_1,n_2,m_1,m_2 \in \mathbb{N}$)に対し,$\mathbb{Z}$上の関係を \[ [(n_1,m_1)]_{\sim_{\mathbb{Z}}} \leq_{\mathbb{Z}} [(n_2,m_2)]_{\sim_{\mathbb{Z}}} \overset{\rm def}{\iff} n_1+_{\mathbb{N}} m_2 \leq_{\mathbb{N}} m_1+_{\mathbb{N}} n_2 \] で定義する.これは$n_1-m_1 \leq n_2-m_2$が$n_1+m_2 \leq m_1 + n_2$と同値であることから導かれる. $\leq_{\mathbb{Z}}$の定義の中で$\leq_{\mathbb{N}}$を使っていることも注意が必要である(定義する前までは自然数の順序関係しかないため). このとき$\leq_{\mathbb{Z}}$はwell-definedであり,さらに順序関係である. 最後に,有理数上の順序のために,正の整数の集合$\mathbb{Z}^+=\{ a \in \mathbb{Z}: a >_{\mathbb{Z}} 0\}$を考える.このとき,どんな有理数$x \in \mathbb{Q}$も代表元を$(p,q) \in \mathbb{Z} \times \mathbb{Z}^+$からとってこれる.つまり,分母を正の整数とすることができる. すると有理数$[(p_1,q_1)]_{\sim_{\mathbb{Q}}},[(p_2,q_2)]_{\sim_{\mathbb{Q}}}$($p_1,p_2 \in \mathbb{Z}, q_1,q_2 \in \mathbb{Z}^{+}$)に対し,$\mathbb{Q}$上の関係を \[ [(p_1,q_1)]_{\sim_{\mathbb{Q}}} \leq_{\mathbb{Q}} [(p_2,q_2)]_{\sim_{\mathbb{Q}}} \overset{\rm def}{\iff} p_1 \cdot_{\mathbb{Z}} q_2 \leq_{\mathbb{Z}} p_2 \cdot_{\mathbb{Z}} q_1 \] で定義する.これは$q_1,q_2 > 0$から,$\frac{p_1}{q_1} \leq \frac{p_2}{q_2}$と$p_1 q_2 \leq p_2 q_1 $が同値であることから導かれる. このとき$\leq_{\mathbb{Q}}$はwell-definedであり,さらに順序関係である.以上より,自然数,整数,有理数の順序関係を定義することができた.特に,上記の順序関係が全順序であることも証明できる. 情報数理Aで勉強した濃度を考えると,$\mathbb{N},\mathbb{Z},\mathbb{Q}$は同じ濃度であった.つまり無限集合としてこの3つの集合の「大きさ」は同じである.しかし,順序集合で見ると,有理数は他の2つに比べると「びっしりつまっている」性質を持つ. 実際,
定理 11.6
任意の異なる有理数$a,b \in \mathbb{Q}$(ただし$a \lt_{\mathbb{Q}} b$)に対し,$a \lt_{\mathbb{Q}} c \lt_{\mathbb{Q}} b$となる有理数$c \in \mathbb{Q}$が存在する.
証明は通常の有理数と通常の演算を考え,$c$として$a$と$b$の平均(中間値)を取ればよい.この性質は自然数と整数では成り立たないことはわかるであろう(例えば$1$と$2$).この性質を有理数の稠密性という.