7回目:最大・最小/極大・極小/上界・下界/上限・下限
7.1 極大・極小/最大・最小
これまで,最大や最小という言葉は自然と用いてきた.その用語を順序集合において厳密に定義する.定義 7.1
$(P,\leq_P)$を順序集合,$M$を$P$の空でない部分集合とする.このとき,
- $a \lt_P x$となる$x \in M$が存在しない$M$の元$a$を$M$の極大元 (maximal element)という.
- $x \lt_P b$となる$x \in M$が存在しない$M$の元$b$を$M$の極小元 (minimal element)という.
例 7.2
$X=\{1,2,3\}, P=2^X$とし包含関係による順序集合$(P, \subset)$,
さらに$P$の部分集合として\[M=\{\{1\},\{2\},\{3\}, \{1,2\}\}\]を考える.
このとき,$M$の極大元は$\{1,2\}$と$\{3\}$であり,極小元は$\{1\},\{2\},\{3\}$である.
このように,
- 極大(小)元は複数存在することがある
- 極大かつ極小となる元が存在することがある
命題 7.3
$(P,\leq_P)$を順序集合,$M$を$P$の空でない部分集合とする.$a,b \in M$が$M$の異なる極大(小)元のとき,$a$と$b$は比較不可能である.
証明
背理法で証明する.極大元$a$と$b$が比較可能であったとすると,$a \leq_P b$または$a \geq_P b$が成り立つ.$a \leq_P b$としてよい.特に,$a \neq b$であるので,$a \lt_P b$である.しかし,$a$は$M$の極大元なので,$a \lt_P x$となる$x$は$M$に存在しない.よって矛盾が起こるので,$a$と$b$は比較不可能である.
極小元の場合も同様に証明できる.
上の例では極大元,極小元の両方が存在していたが,存在しない場合もある.存在しない例はあとで見るが,ここでは有限集合であればいつでも極大(小)元を持つことを見る.
極小元の場合も同様に証明できる.
命題 7.4
$(P,\leq_P)$を順序集合とし,$M$を$P$の空でない有限部分集合とする.このとき,$P$は極大(小)元を少なくとも1個持つ.
証明
$M$の元の個数を$n$とし,$n$に関する帰納法で証明する.
$n=1$のときは,$M=\{a\}$とすると,$a \lt_P x$となる$M$の元$x$が存在しないので,$a$は極大元である.
$n \geq 2$とする.$M$の元$a$を1つ選び,$N=M \setminus \{a\}$とすると,$N$の元の個数は$n-1$である.よって,帰納法の仮定から$N$は極大元を持つ.それを$b$とする.
$b$が$M$の極大元であれば,証明は完結する.
$b$が$M$の極大元でなければ,$b \lt_P x$となる,$x \in M$が存在する.$b$は$N$の極大元であるので,$x \notin N$である.つまり,$x=a$である.特に,$a$は$M$の極大元となっている.実際,$a$が$M$の極大元でなければ,$a \lt_P y$となる$y \in M$が存在するが,これは$y \in N$であり,$b \lt_P a \lt_P y$となるので,$b$が$N$の極大元であることに矛盾する.
以上より,$M$は極大元を持つ.
極小元の場合も同様に証明できる.
極小元の場合も同様に証明できる.
定義 7.5
$(P,\leq_P)$を順序集合,$M$を$P$の空でない部分集合とする.このとき,
- 任意の$x \in M$に対して,$x \leq_P a$となる$M$の元$a$を,$M$の最大元 (maximum element)といい,$\max(M)$で表す.
- 任意の$x \in M$に対して,$b \leq_P x$となる$M$の元$b$を,$M$の最小元 (minimum element)といい,$\min(M)$で表す.
例 7.6
$X=\{1,2,3\}, P=2^X$とし包含関係による順序集合$(P, \subset)$,さらに$P$の部分集合として\[M=\{\{1\},\{2\},\{1,2\}\}\]を考える.
このとき,$M$の最大元は$\{1,2\}$であり,最小元は存在しない.
このように,

- (有限集合であったとしても)最大(小)元は存在するとは限らない
命題 7.7
順序集合$(P,\leq_P)$に対して,空でない$P$の部分集合$M$の最大(小)元は,存在すれば唯一である.また最大(小)は極大(小)元である.
証明
$M$の最大元が2個存在すると仮定する.
そこで,$a_1,a_2 \in M$(ただし$a_1 \neq a_2$)を$M$の最大元とする.$a_1$は最大元なので,任意の$x \in M$に対して,$x \leq_P a_1$,特に$a_2 \leq_P a_1$である.同様に,$a_2$も最大元なので,任意の$x \in M$に対して,$x \leq_P a_2$,特に$a_1 \leq_P a_2$である.
ところが,$\leq_P$は順序関係であるので,反対称律が成り立つ.これは$a_1=a_2$を意味し,矛盾.
よって$M$の最大元は,存在すれば唯一である.
また,$a$を$M$の最大元であるとする.$a$が$M$の極大元でないと仮定すると,$a \lt_P x$となる$x \in M$が存在する.しかし,$a$は$M$の最大元であるので,任意の$y \in M$に対し,$y \leq_P a$が成り立つ.特に$x \leq_P a$である.よって$x \leq_P a \lt_P x$となり,矛盾する.以上より,$a$は極大元である.
最小元の場合も同様に証明できる.
最小元の場合も同様に証明できる.
7.2 上界・下界/上限・下限
定義 7.8
$(P,\leq_P)$を順序集合,$M$を$P$の空でない部分集合とする.このとき,
- 任意の$x \in M$に対して,$x \leq_P a$となる$P$の元$a$を,$M$の$P$における上界 (upper bound)という.$M$の上界の全体を$U(M)$,つまり \[ U(M)=\{ a \in P : \mbox{すべての$x \in M$に対し$x \leq_P a$}\} \] とする. また,任意の$x \in M$に対して,$b \leq_P x$となる$P$の元$b$を,$M$の$P$における下界 (lower bound)という. $M$の下界の全体を$L(M)$,つまり \[ L(M)=\{ b \in P : \mbox{すべての$x \in M$に対し$b \leq_P x$}\} \] とする.
- $M$が$P$において上界をもつ,つまり$U(M)\neq \emptyset$のときは,上に有界といい,下界をもつ,つまり$L(M) \neq \emptyset$のときは,下に有界という.さらに$M$が上界も下界ももつときは,有界という.
- $U(M) \neq \emptyset$かつ$\min (U(M))$が存在するとき,これを最小上界 (least upper bound),または上限 (supremum)といい,$\sup(M)$で表す. また,$L(M) \neq \emptyset$かつ$\max (L(M))$が存在するとき,これを最大下界 (greatest lower bound),または下限 (infinum)といい,$\inf(M)$で表す.
例 7.9
$X=\{1,2,3\}, P=2^X$とし包含関係による順序集合$(P, \subset)$,
さらに$P$の部分集合として\[M=\{\{1\},\{2\},\{1,2\}\}\]を考える.
このとき,
$M$の上界は$\{1,2\}$と$\{1,2,3\}$であり,上限は$\{1,2\}$である.一方,$M$の下界は$\emptyset$であり,これは下限でもある.

例 7.10
$P=\{a,b,c,d,e\}$に対し,順序集合$(P,\leq_P)$を次のハッセ図で定義する.
$M=\{c,d\}$とすると,$M$の上界は$e$であり,上限は$e$である.一方,$M$の下界は$a$と$b$であり,下限は存在しない.
このように,

- 上界や下界が存在しても,上限や下限が存在するとは限らない
- 上限や下限は$M$の中にあるとは限らない
命題 7.11
$(P,\leq_P)$を順序集合,$M$を$P$の空でない部分集合とする.このとき,
-
$\sup (M) \in M \Rightarrow \sup (M) = \max (M)$,
-
$\inf (M) \in M \Rightarrow \inf (M) = \min (M)$.
証明
(1) $a=\sup(M)$とする.このとき定義から,任意の$x \in M$に対し,$x \leq_P a$が成り立つ.$a \in M$であるので,これは$a$が$M$の最大元であるという定義を満たす.
(2) (1)と同様.
これまでの例は全て有限集合であったが,無限集合で考えると,異なる状況が生じる.例えば,極大(小)元は無限集合の場合存在するとは限らない.
(2) (1)と同様.
例 7.12
$\mathbb{R}$を実数全体の集合とし,通常の不等号$\leq$を用いた順序集合$(\mathbb{R},\leq)$を考える.さらに,$\mathbb{R}$の部分集合として
\[
M= \left\{ x \in \mathbb{R} : 0 \leq x \lt \sqrt{2}\right\} \]
とする.このとき,$M$の最大元,最小元,上限,下限を求める.
数直線で考えると,$M$の上界全体の集合は$U(M)=\left\{ x\in \mathbb{R} : \sqrt{2} \leq x \right\}$である.特に,$M$の上限は$\sup(M)=\sqrt{2}$である.このとき,$M$の上限は$M$に属さない,つまり$\sup(M) \notin M$である. 一方,$M$の下界全体の集合は$L(M)=\{ x \in \mathbb{R} : x \leq 0\}$である.特に,$M$の下限は$\inf(M)=0$であり,$\inf(M) \in M$となっている.よって命題7.11より$M$の最小元は$\min(M)=\inf(M)=0$である.
$M$は極大元を持たない,特に最大元を持たないことを示す. $M$が極大元$a$を持ったとする.このとき,$a \lt \sqrt{2}$である.$0 \lt \sqrt{2}-a$であるので, \[ a \lt a + \frac{(\sqrt{2}-a)}{2} \lt a+ (\sqrt{2}-a) =\sqrt{2} \] が成り立つ.よって$b=a + \dfrac{(\sqrt{2}-a)}{2}$とすると,$b \in M$となることがわかる.しかし,これは$a$が$M$の極大元であることに矛盾する.よって$M$は極大元を持たない.
数直線で考えると,$M$の上界全体の集合は$U(M)=\left\{ x\in \mathbb{R} : \sqrt{2} \leq x \right\}$である.特に,$M$の上限は$\sup(M)=\sqrt{2}$である.このとき,$M$の上限は$M$に属さない,つまり$\sup(M) \notin M$である. 一方,$M$の下界全体の集合は$L(M)=\{ x \in \mathbb{R} : x \leq 0\}$である.特に,$M$の下限は$\inf(M)=0$であり,$\inf(M) \in M$となっている.よって命題7.11より$M$の最小元は$\min(M)=\inf(M)=0$である.
$M$は極大元を持たない,特に最大元を持たないことを示す. $M$が極大元$a$を持ったとする.このとき,$a \lt \sqrt{2}$である.$0 \lt \sqrt{2}-a$であるので, \[ a \lt a + \frac{(\sqrt{2}-a)}{2} \lt a+ (\sqrt{2}-a) =\sqrt{2} \] が成り立つ.よって$b=a + \dfrac{(\sqrt{2}-a)}{2}$とすると,$b \in M$となることがわかる.しかし,これは$a$が$M$の極大元であることに矛盾する.よって$M$は極大元を持たない.
例 7.13
$\mathbb{R}$を有理数全体の集合とし,通常の不等号$\leq$を用いた順序集合$(\mathbb{R},\leq)$を考える.さらに,$\mathbb{R}$の部分集合として
\[
M=\left\{ \frac{1}{n} : n \in \mathbb{N} \right\}
\]
とする.ここで,$\mathbb{N}$は自然数全体の集合である.
このとき,$M$の最大元,最小元,上限,下限を求める.
任意の自然数$n \in \mathbb{N}$に対し, \[ 0\lt \dfrac{1}{n} \leq \dfrac{1}{1}=1 \] なので, $M$の上界全体の集合は$U(M)=\{ x \in \mathbb{R} : 1 \leq x \}$である.特に,$M$の上限は$\sup(M)=1$である.このとき,$\sup(M) \in M$であるので,命題7.11より$M$の最大元は$\max(M)=\sup(M)=1$である.
一方,$M$の下界全体の集合は$L(M)=\{ x \in \mathbb{R} : x \leq 0\}$である.特に,$M$の下限は$\inf(M)=0$である.このとき,$\inf(M) \notin M$となっていることに注意する.
$M$は極小元をもたない,特に最小元を持たないことを示す. $M$が極小元$a$を持ったとする.$a\in M$であるので,ある自然数$n \in \mathbb{N}$を使って,$a=\frac{1}{n}$と書ける.このとき, \[ \dfrac{1}{n+1} \lt \dfrac{1}{n}=a \] が成り立ち,$\frac{1}{n+1} \in M$であるので,これは$a$が $M$の極小元であることに矛盾する.よって$M$は極小元を持たない.
任意の自然数$n \in \mathbb{N}$に対し, \[ 0\lt \dfrac{1}{n} \leq \dfrac{1}{1}=1 \] なので, $M$の上界全体の集合は$U(M)=\{ x \in \mathbb{R} : 1 \leq x \}$である.特に,$M$の上限は$\sup(M)=1$である.このとき,$\sup(M) \in M$であるので,命題7.11より$M$の最大元は$\max(M)=\sup(M)=1$である.
一方,$M$の下界全体の集合は$L(M)=\{ x \in \mathbb{R} : x \leq 0\}$である.特に,$M$の下限は$\inf(M)=0$である.このとき,$\inf(M) \notin M$となっていることに注意する.
$M$は極小元をもたない,特に最小元を持たないことを示す. $M$が極小元$a$を持ったとする.$a\in M$であるので,ある自然数$n \in \mathbb{N}$を使って,$a=\frac{1}{n}$と書ける.このとき, \[ \dfrac{1}{n+1} \lt \dfrac{1}{n}=a \] が成り立ち,$\frac{1}{n+1} \in M$であるので,これは$a$が $M$の極小元であることに矛盾する.よって$M$は極小元を持たない.
注意 7.14
極大(小)元は「境界(端)の点」というイメージであり,上記2つの例の極大(小)元を持たない証明は,点を適当にとったとき,それより遠い点が範囲内でとれ,さらにそれより遠い点が範囲内でとれ,⋯とこの操作が延々と繰り返されていつまで経っても境界(端)に辿りつかない,つまり境界(端)が存在しないということで証明している.