情報数理B

9回目:自然数

9.1 自然数の定義

子どもの頃から「数」というものを使ってきたと思うが,そもそも「数」の定義は言えるだろうか. 実は,高校まで「数」というものは定義されずに使われている.「数」というものはなんとなくわかるし,その理解で十分であった.しかし,数学の本質の1つは概念や事象を(数学的に)言語化することである. 今回は,自然数を厳密に定義する. 普段,$0$は自然数に入れない派だが,あとの話題のために$0$は自然数として定義していく.
定義 9.1 (ペアノの公理系)
自然数は以下の条件を満たすものである.
  • (P1) $0$は自然数である(ここで$0$は単なる記号).
  • (P2) $n$が自然数ならば,その後者(successor)となる自然数がただ1つ存在する(これを${\rm S} n$と書く).
  • (P3) ${\rm S} n=0$となる自然数$n$は存在しない(つまり,$0$の前者となる自然数は存在しない).
  • (P4) 異なる2つの自然数$n$と$m$の後者は異なる(つまり,${\rm S}n \neq {\rm S} m$).
  • (P5) 集合$X$について,$0 \in X$であり,$X$に含まれる任意の自然数$n$について${\rm S} n \in X$となるとき,$X$はすべての自然数を含む.
数学は,ある仮定の下,命題を示し,その命題が成り立つと仮定して,新しい命題を示すという流れを辿るが,この流れを逆に辿っていくと,ある時点で証明ができない仮定が現れる.このような仮定は証明なしで成り立つことを認める必要があり,その仮定(前提条件)を公理} (axiom)といい,公理の集まりを公理系という. 上の条件(P1)から(P5)が普段使っている自然数で成り立つことはわかるであろう.この条件を自然数が満たす公理(前提条件)として,それを自然数の定義としている.

上の公理系より次のことが順番に言える:
(P1)より$0$は自然数なので,(P2)より${\rm S} 0$も自然数である(これを$1$という記号で書く).
$1$は自然数なので,(P2)より${\rm S} 1$も自然数である(これを$2$という記号で書く).
$\cdots$
こうして,これまで使ってきた$1,2,3,\ldots$は${\rm S} 0, {\rm S} 1,{\rm S} 2, \ldots$を表す記号として導くことができる. 以下,自然数全体の集合を$\mathbb{N}$とする.

公理(P5)は数学的帰納法の原理と呼ばれる. そもそも数学的帰納法とは,自然数$n$に関する性質$P(n)$が以下を満たせば,自然数全体で成立することをいう:
  1. $P(0)$は正しい.

  2. 任意の自然数$k$で$P(k)$が正しいならば$P({\rm S} k)$も正しい.

$P(k)$が成立している自然数$k$の全体の集合を$X$とすれば,(1),(2)は(P5)の仮定を満たしているので,$\mathbb{N} \subset X$が成り立ち,$X=\mathbb{N}$となる.よって数学的帰納法が正しいことを保証している.この(P5)を使って,自然数についての様々な性質を導くことができる.
定理 9.2
すべての自然数は${\rm S}{\rm S}\cdots{\rm S} 0$という形(${\rm S}$が$0$個以上並んでいる)をしている.
証明
$X=\{x : \mbox{$x$は${\rm S}{\rm S}\cdots{\rm S} 0$という形}\}$とすると,${\rm S}$が$0$個並んだものは$0$であるので,$0 \in X$である.また$n \in X$とすると, \[ {\rm S} n={\rm S}\left(\underbrace{{\rm S}{\rm S}\cdots{\rm S} 0}_{=n} \right) \] より${\rm S} n \in X$である.よって(P5)より$\mathbb{N} \subset X$,つまり$\mathbb{N}=X$である.
この主張より,自然数といえるのは$0,1,2,\ldots$のようなものだけであることがいえる. また(P1)は$0$という記号から始めたが,別に記号はなんでもいいので,$1$に変えても良い.つまり,自然数に$0$を入れるかどうかはペアノの公理系としてはどっちでもいいのである.

9.2 自然数の加法

自然数$n \in \mathbb{N}$を固定し,関数$f_n: \mathbb{N} \to \mathbb{N}$を \[ f_n(0)= n, \ \ \ \ \ \ \ f_n ({\rm S} m)={\rm S} f_n(m) \] で定義する. 例えば,$f_n(3)$は \[ f_n(3)=f_n({\rm S}{\rm S}{\rm S} 0)={\rm S} f_n({\rm S} {\rm S} 0)={\rm S}{\rm S} f_n ({\rm S} 0)={\rm S}{\rm S}{\rm S} f_n(0)={\rm S}{\rm S}{\rm S} n \] となる.つまり$f_n(3)$は$n$の$3$個後の自然数を表す.一般に,$f_n(m)$は$n$の$m$個後の自然数を表す.ここで,$f_n(m)$を$n+m$で書くこととする.これが自然数における加法の定義である.
この定義を使うと,$1+1=2$であることは, \[ 1+1=f_1(1)=f_1({\rm S} 0)={\rm S} f_1(0)= {\rm S} 1= 2 \] からわかる.さらに$2+3=5$であることは, \[ 2+3=f_2(3)=f_2({\rm S}2)=f_2({\rm S}{\rm S}1)=f_2({\rm S} {\rm S} {\rm S} 0)={\rm S} f_2({\rm S}{\rm S}0)={\rm S} {\rm S} f_2({\rm S}0)={\rm S} {\rm S} {\rm S} f_2(0)={\rm S}{\rm S}{\rm S} 2 ={\rm S}{\rm S}3={\rm S}4=5 \] で計算できる.
それでは,この定義に則り,自然数の加法が満たす性質を証明していく.
定理 9.3 (自然数の加法の性質)
自然数$n,m,k \in \mathbb{N}$に対し,次の性質が成り立つ.
  • $n+0=n$ ($0$は加法の単位元と呼ばれる).

  • $n+1={\rm S} n$.

  • $n+{\rm S} m = {\rm S} n + m={\rm S} (n+m)$.

  • $n+(m+k)=(n+m)+k$(加法の結合律).

  • $n+m=m+n$(加法の交換律).

証明
(1) $n+0=f_n(0)=n$.
(2) $n+1=f_n(1)=f_n({\rm S} 0)={\rm S} f_n(0)={\rm S} n$.
(3) 一つ目の等号を証明する.まず$m=0$のときを示す. $n + {\rm S} 0 = n+1 \overset{(2)}{=} {\rm S} n \overset{(1)}{=} {\rm S} n + 0$より正しい. 次に,$n+{\rm S} m = {\rm S} n + m$ $(\star)$が成り立つと仮定する.これは$f_n({\rm S} m) = f_{{\rm S} n} (m)$を意味する.このとき, \begin{align*} n+{\rm S}{\rm S} m &=f_n({\rm S} {\rm S} m) ={\rm S} f_n({\rm S} m) \overset{(\star)}{=}{\rm S} f_{{\rm S} n} (m) =f_{{\rm S} n} ({\rm S} m) ={\rm S} n + {\rm S} m \end{align*} となるので,数学的帰納法より1つ目の等号は成り立つ.
また$n+{\rm S} m=f_n({\rm S} m)={\rm S} f_n(m)={\rm S}(n+m)$より2つ目の等号も正しい.
(4) まず$k=0$のときを示す. \[ n+(m+0)\overset{(1)}{=}n+m \overset{(1)}{=}(n+m)+0.\] 次に$n+(m+k)=(n+m)+k$ $(\star \star)$が成り立つと仮定すると, \begin{align*} n+(m+{\rm S} k)\overset{(3)}{=}n+{\rm S}(m+k) ={\rm S}(n+(m+k)) \overset{(\star \star)}{=}{\rm S} ((n+m)+k)) \overset{(3)}{=}(n+m)+{\rm S} k \end{align*} となるので数学的帰納法から加法の結合律は成り立つ.
(5) まず$m=0$のときを$n$に関する帰納法で示す.$n=0$のとき, $0+0=0+0$であるので成り立つ.$n+0=0+n$ $(\sharp)$が成り立つと仮定する.これは$f_n(0)=f_0(n)$を意味する.このとき, ${\rm S} n+ 0 \overset{(3)}{=} {\rm S} (n+0) ={\rm S} f_n(0)\overset{(\sharp)}{=}{\rm S} f_0(n)=f_0({\rm S} n)=0+{\rm S} n$となるので数学的帰納法から$m=0$のときの加法の交換律が成り立つ.
次に一般の場合を$m$に関する帰納法で示す.$m=0$は今示したことであるので, $n+m=m+n$ $(\sharp \sharp)$を仮定する.このとき, \begin{align*} n+{\rm S} m \overset{(3)}{=}{\rm S}(n+m) \overset{(\sharp \sharp)}{=}{\rm S}(m+ n) \overset{(3)}{=}{\rm S} m +n\end{align*} となるので数学的帰納法から加法の交換法則は成り立つ.
定理9.3の(1)の性質がある意味$0$というものを定義している. 実際,$0$以外で(1)の性質,つまりどんな自然数$n \in \mathbb{N}$に対しても$n+a=n$となるような自然数$a$は存在しない. この$0$のように,どんな元に対しても,その加法の結果が変わらない元のことを加法の単位元という.一般に加法の単位元は存在すれば一意的である.
定理 9.4 (加法の単位元の一意性)
自然数$a \in \mathbb{N}$が任意の自然数$n \in \mathbb{N}$に対して$n+a=n$を満たせば$a=0$である.
証明
$n$として$0$をとれば$0+a=0$が成り立つ.一方,定理9.3の(1)より$a+0=a$である. さらに加法の交換律より$a=a+0=0+a=0$が従う.

9.3 自然数の乗法

自然数$n \in \mathbb{N}$を固定し,関数$g_n : \mathbb{N} \to \mathbb{N}$を \[ g_n(0)=0, \ \ \ \ g_n({\rm S} m)= n+g_n(m) \] で定義する. 例えば,$g_n(3)$は \[ g_n(3)=g_n({\rm S} {\rm S} {\rm S} 0)=n+ g_n ({\rm S} {\rm S} 0)=n+(n+g_n({\rm S} 0))=n+(n+(n+g_n(0)))=n+(n+(n+0))=n+(n+n) \] となる.つまり,$g_n(3)$は$n+n+n$($n$の3倍の自然数)を表す.一般に,$g_n(m)$は$n$の$m$倍の自然数を表す.ここで,$g_n(m)$を$n\cdot m$で書くこととする.これが自然数における乗法の定義である. この定義を使うと$3\cdot 2=6$であることは, \[ 3\cdot 2=g_3(2)=g_3({\rm S} {\rm S} 0)= 3+ (g_3({\rm S} 0))=3+(3+g_3(0))=3+(3+0)=6 \] で計算できる.
定理 9.5 (自然数の乗法の性質)
自然数$n,m,\ell \in \mathbb{N}$に対し,次の性質が成り立つ.
  • $n\cdot 0=0\cdot n=0$.

  • $n\cdot 1=1\cdot n=n$($1$は乗法の単位元と呼ばれる).

  • $n\cdot m=m\cdot n$(乗法の交換律).

  • $n\cdot (m\cdot \ell)=(n\cdot m)\cdot \ell$(乗法の結合律).

  • $n\cdot (m+\ell)=(n\cdot m)+(n\cdot \ell)$(分配律)

証明
(1) まず$n\cdot 0=g_n(0)=0$である. $0\cdot n=0$を帰納法で示す.$n=0$の場合はすでに示したので,$0\cdot n=0$が成り立つと仮定する. すると,$0\cdot {\rm S} n =g_0({\rm S} n)=0+ g_0(n)=g_0(n)=0\cdot n=0$となり数学的帰納法から(1)が成り立つ.
(2) まず$n\cdot 1=g_n(1)=g_n({\rm S} 0)=n+g_n(0)=n+0=n$である. $1\cdot n=n$を帰納法で示す. $n=0$のときは,(1)から従う.$1\cdot n=n$を仮定する. すると,$1\cdot {\rm S} n = g_1({\rm S} n)=1 + g_1(n)=1+1\cdot n=1+n={\rm S} n$となり数学的帰納法から(2)が成り立つ.
最後に,(3)と(4)は省略し,(5)を証明する. $\ell$に関する帰納法で示す. $\ell=0$のとき, \[ n\cdot (m+0)=n\cdot m=n\cdot m + 0 \overset{(1)}{=} (n\cdot m) + (n\cdot 0) \] から従う.$n\cdot (m+\ell)=(n\cdot m)+(n\cdot \ell)$ ($\natural$)が成り立つと仮定する.すると \begin{align*} n\cdot (m+{\rm S} \ell) &=n\cdot {\rm S} (m+\ell)=g_n({\rm S} (m+\ell))=n+g_n(m+\ell)=n+n\cdot (m+\ell)\overset{(\natural)}{=}n+((n\cdot m)+(n\cdot \ell))\\ &=(n\cdot m)+(n+n\cdot \ell)=(n\cdot m)+(n+g_n(\ell))=(n\cdot m)+(g_n({\rm S} \ell))=(n\cdot m)+(n\cdot {\rm S} \ell) \end{align*} となり,数学的帰納法から(5)が成り立つ.
加法の単位元と同様,乗法の単位元も$1$以外存在しない.
定理 9.6 (乗法の単位元の一意性)
自然数$a \in \mathbb{N}$が任意の自然数$n \in \mathbb{N}$に対して$n\cdot a=a\cdot n=n$を満たせば$a=1$である.
証明
$n$として$1$をとれば$1\cdot a=a\cdot 1=1$が成り立つ.一方,定理9.5の(2)より$a\cdot 1=1\cdot a=a$である. よって$a=1$が従う.

9.4 半群とモノイド

数学の代数学という分野では,集合に演算を定義し,その集合と演算の組(代数系)の性質を調べていくことが基礎となっている.今回定義した自然数の集合$\mathbb{N}$とその演算$+$や$\cdot $の組$(\mathbb{N},+)$と$(\mathbb{N},\cdot )$はどういった代数的構造を持つか紹介する.
集合$X$に対し,写像$\circ: X \times X \to X$を$X$上の(二項)演算という.例えば,$S=\{1,2,3\}$とし,$X=2^S$とすれば,和集合$\cup$は写像$X \times X \to X, (A,B) \mapsto A \cup B$と見なすことで$X$上の演算となる.一般に演算$\circ$の像は$\circ(a,b)$ではなく$a \circ b$と書く.$\circ$の代わりに$+$や$\cdot $を考えるとわかりやすいだろう.
集合$X$とその演算$\circ$に対し,$(X,\circ)$が半群 (semigroup)であるとは,$\circ$に関して結合律 \[ \forall x,y,z \in X, \ \ \ \ x \circ (y \circ z)=(x \circ y) \circ z \] が成り立つときにいう (結合律が成り立つと$x \circ y \circ z$と書いても問題ない). つまり,$(\mathbb{N},+)$なら定理9.3の(4),$(\mathbb{N},\cdot )$なら定理9.5の(4)の性質のことである. よって$(\mathbb{N},+)$と$(\mathbb{N},\cdot )$はともに半群である.
$(X, \circ)$を半群とする. このとき,演算$\circ$に関する単位元とは \[ \forall x \in X, \ \ \ \ x \circ a = a \circ x = x \] を満たす元$a \in X$のことをいう. つまり,$(\mathbb{N},+)$なら$0$,$(\mathbb{N},\cdot )$なら$1$のことである. 単位元を持つ半群のことを モノイド (monoid)と呼ぶ. よって$(\mathbb{N},+)$と$(\mathbb{N},\cdot )$はともにモノイドである.しかし,もし$0$が自然数ではないという定義を採用すれば,$(\mathbb{N},+)$はモノイドではなくなる.$(\mathbb{N},\cdot )$はいずれにしてもモノイドである.
半群やモノイドのイメージとしては,「うまく足し算が定義された集合」が半群,それに加えて「$0$のようなものがある」場合がモノイドである.