3.5:対称群
写像の性質についていくつか復習する.定義 3.20
空でない集合$X,Y$と写像$f:X\to Y$を考える.
空でない集合$X,Y,Z$と写像$f:X\to Y, g: Y \to Z$に対し,写像$g \circ f : X \to Y$を$x \mapsto g(f(x))$で定義する.このとき,$g \circ f$を写像$f ,g$の合成写像という.
命題 3.21
空でない集合$X,Y,Z$と写像$f:X\to Y, g: Y \to Z$を考える.
証明
(1) 任意の$a,b \in X$で$(g\circ f)(a)=(g \circ f) (b)$を満たすものをとる.このとき,$g(f(a))=g(f(b))$であり,$g$の単射性から$f(a)=f(b)$が成り立つ.また$f$の単射性から$a=b$が成り立つ.よって$g \circ f$は単射である,
(2) 任意の$z \in Z$をとる.このとき,$g$の全射性から$z=g(y)$となる$y \in Y$が存在する.さらに$f$の全射性から$y=f(x)$となる$x \in X$が存在する.よって \[ z=g(y)=g(f(x))=(g\circ f)(x) \] となるので,$z=(g\circ f)(x)$を満たす$x\in X$が存在することがわかったので,$g \circ f$は全射である.
(3) (1)と(2)から従う.
空でない集合$X$に対し,写像
\[
{\rm id}_X : X \to X
\]
を$x \mapsto x$で定義する.この写像${\rm id}_X$を$X$の恒等写像という.また写像$f : X \to Y$に対し,写像$g :Y \to X$で
\[
g \circ f = {\rm id}_X, f \circ g={\rm id}_Y
\]
を満たすものが存在するとき,$g$を$f$の逆写像といい,$f^{-1}$と書く.
(2) 任意の$z \in Z$をとる.このとき,$g$の全射性から$z=g(y)$となる$y \in Y$が存在する.さらに$f$の全射性から$y=f(x)$となる$x \in X$が存在する.よって \[ z=g(y)=g(f(x))=(g\circ f)(x) \] となるので,$z=(g\circ f)(x)$を満たす$x\in X$が存在することがわかったので,$g \circ f$は全射である.
(3) (1)と(2)から従う.
命題 3.22
空でない集合$X,Y$と写像$f : X \to Y$を考える.
このとき,$f$が全単射である必要十分条件は$f$の逆写像が存在することである.特に,逆写像は全単射である.
証明
($\Rightarrow$)$f$が全単射であるとする.任意の$y \in Y$をとる.$f$が全射であるので$f(x_y)=y$を満たす$x_y \in X$が存在する.さらに$f$が単射であるので,この$x_y$は$y$に対して一意に定まる.すると,$y \mapsto g(y)=x_y$という対応で写像$g : Y \to X$が定義できる.
このとき,任意の$x$に対し$f(x_{f(x)})=f(x)$であり,$f$が単射なので$x_{f(x)}=x$である.特に,
\[
(g \circ f)(x)=g(f(x))=x_{f(x)}=x
\]
であるので,$g \circ f ={\rm id}_X$となる.
また任意の$y \in Y$に対し,
\[
(f \circ g)(y)=f(g(y))=f(x_y)=y
\]
であるので$f \circ g={\rm id}_Y$となる.よって$f$は逆写像$g$を持つ.
($\Leftarrow$)$f$が逆写像$f^{-1}$を持つとする.任意の$a,b \in X$で$f(a)=f(b)$となるものをとる.すると, \[ a={\rm id}_X(a)=(f^{-1} \circ f)(a)=f^{-1}(f(a))=f^{-1}(f(b))=(f^{-1} \circ f)(b)={\rm id}_X(b)=b \] であるので$f$は単射である.次に任意の$y \in Y$をとる.$x=f^{-1}(y) \in X$とする.このとき, \[ f(x)=f(f^{-1})(y)=( f \circ f^{-1}) (y)={\rm id}_Y(y)=y \] となるので,$f(x)=y$を満たす$x \in X$が存在するので$f$は全射である. よって$f$は全単射である.
空でない集合$X$に対し,$\mathfrak{S}_X$を$X$から$X$への全単射写像全体の集合とする.つまり
\[
\mathfrak{S}_X:=\{ f: X \to X \ |\ fは全単射\}
\]
このとき,命題3.21から写像の合成$\circ$は$\mathfrak{S}_X$上の演算を定義する.
($\Leftarrow$)$f$が逆写像$f^{-1}$を持つとする.任意の$a,b \in X$で$f(a)=f(b)$となるものをとる.すると, \[ a={\rm id}_X(a)=(f^{-1} \circ f)(a)=f^{-1}(f(a))=f^{-1}(f(b))=(f^{-1} \circ f)(b)={\rm id}_X(b)=b \] であるので$f$は単射である.次に任意の$y \in Y$をとる.$x=f^{-1}(y) \in X$とする.このとき, \[ f(x)=f(f^{-1})(y)=( f \circ f^{-1}) (y)={\rm id}_Y(y)=y \] となるので,$f(x)=y$を満たす$x \in X$が存在するので$f$は全射である. よって$f$は全単射である.
命題 3.23
$(\mathfrak{S}_X, \circ)$は群である.この群$\mathfrak{S}_X$を$X$の対称群 (symmetric group)とよぶ.
証明
写像の合成は結合律を満たすので(G1)が従う.
恒等写像${\rm id}_X$が単位元となるので(G2)が従う.
任意の$\sigma \in \mathfrak{S}_X$に対し,$\sigma^{-1} \in \mathfrak{S}_X$であり,これが逆元であるので(G3)が従う.
以上より,$(\mathfrak{S}_X, \circ)$は群である.
補足 3.24
$\mathfrak{S}_X$を考える際,全単射写像$\sigma \in \mathfrak{S}_X$を$X$の置換とも呼ぶ.また恒等写像や逆元をそれぞれ恒等置換や逆置換と呼ぶ.さらに合成写像を置換の積ともいう.
一般に写像の合成は可換ではない.つまり$\sigma \circ \tau \neq \tau \circ \sigma$となるときがある.よって一般には対称群はアーベル群とはならない.
以降,$X$が有限集合の場合を考える.$X=\{1,2,\ldots,n\}$とし,$\mathfrak{S}_{X}$を$\mathfrak{S}_n$と書く.このとき$\mathfrak{S}_n$を$n$次対称群と呼ぶ.$\sigma \in \mathfrak{S}_n$をとると,$\sigma(1),\ldots,\sigma(n)$の中には$1,\ldots,n$がちょうど1度ずつ現れる.つまり,$\sigma(1),\ldots,\sigma(n)$は$1,\ldots,n$の並び替え(置換)だと思うことができる.数列$1,\ldots,n$を数列$\sigma(1),\ldots,\sigma(n)$に移すことを
\[
\sigma=\begin{pmatrix}
1 & 2 & \cdots & n\\
\sigma(1) & \sigma(2) & \cdots & \sigma(n)
\end{pmatrix}
\]
と表すことにして,$\sigma$と同一視する.
また列を入れ替えたものは同じ置換を表すとする.
例えば,
\[
\begin{pmatrix}
1 & 2 & 3\\
2 & 3 & 1
\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}
3 & 2 & 1\\
1 & 3 & 2
\end{pmatrix}
\]
である.こうすることで,$\sigma$の逆置換は
\[
\sigma^{-1}=\begin{pmatrix}
\sigma(1) & \sigma(2) & \cdots & \sigma(n)\\
1 & 2 & \cdots & n
\end{pmatrix}
\]
となることがわかる.
例 3.25
$n=3$の場合を考える.このとき,
\[
\mathfrak{S}_3=\left\{\begin{pmatrix}
1 & 2 & 3\\
1 & 2 & 3
\end{pmatrix},\begin{pmatrix}
1 & 2 & 3\\
1 & 3 & 2
\end{pmatrix},\begin{pmatrix}
1 & 2 & 3\\
2 & 1 & 3
\end{pmatrix},\begin{pmatrix}
1 & 2 & 3\\
2 & 3 & 1
\end{pmatrix},\begin{pmatrix}
1 & 2 & 3\\
3 & 1 & 2
\end{pmatrix},\begin{pmatrix}
1 & 2 & 3\\
3 & 2 & 1
\end{pmatrix}
\right\}
\]
となる.
置換の積$\tau \circ \sigma$は結局$\sigma$で数字を入れ替えた後に$\tau$で数字を入れ替えることを意味する.例えば,
\[
\sigma=\begin{pmatrix}
1 & 2 & 3\\
2 & 3 & 1
\end{pmatrix}, \tau= \begin{pmatrix}
1 & 2 & 3\\
3 & 2 & 1
\end{pmatrix}=
\begin{pmatrix}
2 & 3 & 1\\
2 & 1 & 3
\end{pmatrix}
\]
とすると$\tau \circ \sigma$は
\[
\tau \circ \sigma=\begin{pmatrix}
1 & 2 & 3\\
2 & 1& 3
\end{pmatrix}
\]
となる.
一方,
\[
\sigma \circ \tau=\begin{pmatrix}
1 & 2 & 3\\
1 & 3& 2
\end{pmatrix}
\]
であるので,$\tau \circ \sigma \neq \sigma \circ \tau$となる.
よって$(\mathfrak{S}_3,\circ)$は非可換な有限群である.
例3.2と3.2でカードの山を切ることを考えた.結局カードを切るということはカードの順番を並び替えることに他ならないので,
\[
8枚のカードの切り方全体の集合=\mathfrak{S}_8
\]
となることがわかる.したがってカードの山を切るという操作を置換であると認識することで,群の中で扱うことが可能となる.