情報代数学

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4.5:環の階層構造

ここまでの議論から,次のような整域の階層関係が成り立つことがわかった:
ユークリッド整域 $\Rightarrow$ 単項イデアル整域 $\Rightarrow$ 一意分解整域($\Rightarrow$ 整域)
このような階層構造を理解する上で重要なのは,「逆が成り立つかどうか」を検討することである.すなわち,2つの概念の間に真の包含関係があるのか,それとも同値であるのかを見極めるためには,次のような「反例」を探すことが鍵となる:
  • 一意分解整域ではない整域,
  • 単項イデアル整域ではない一意分解整域,
  • ユークリッド整域ではない単項イデアル整域.
このうち,(1) の例としては $\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]$ がよく知られており,(2) の例には $\mathbb{R}[x,y]$ が挙げられる.いずれも実際に多項式やイデアルを扱ってみることで,これらの環が該当することを確認できる.
しかし,(3) のように「ユークリッド整域ではない単項イデアル整域」の例を見つけることは非常に困難である.実際,そのような例として最も有名なのが,次の複素数体 $\mathbb{C}$ の部分環である: \[ R = \mathbb{Z}\left[\frac{1+\sqrt{-19}}{2}\right] := \left\{ a + b\frac{1+\sqrt{-19}}{2} : a,b \in \mathbb{Z} \right\} \] この環 $R$ は単項イデアル整域であるが,ユークリッド整域ではないことが知られている.ただし,その証明は代数的整数論やイデアル類群の理論を要し,本講義の範囲を超えるため,ここでは紹介のみにとどめる.
このように,反例の存在を通じて構造の違いを把握することは,可換環論の理解を深めるうえで非常に有用である.