4.4:一意分解整域上の多項式環
系 4.3.9のおかげで,$\mathbb{R}[x]$が一意分解整域であることがわかったが,$\mathbb{R}[x,y]$の場合はどうであろうか.他にも$\mathbb{Z}[x]$の場合はどうであろうか.$\mathbb{R}[x]$や$\mathbb{Z}$は体ではないため,系 4.3.9が使えない.しかし実は次の定理からこれらが一意分解整域であることがわかる.定理 4.4.1
$R$が一意分解整域ならば,$R[x]$も一意分解整域である.
よって,$\mathbb{R}[x]$および$\mathbb{Z}$はそれぞれ一意分解整域であったので,$\mathbb{R}[x,y]=(\mathbb{R}[x])[y]$と$\mathbb{Z}[x]$も一意分解整域となることがわかる.
この定理の証明には少し準備が必要である.
まず,整域$R$は一般には体ではないが,$R$から体を作ることができる.
例えば,$\mathbb{Z}$は体ではないが,$\mathbb{Z}$から$\mathbb{Q}$を同値関係を使って構成していたことを思い出そう(情報数理B11回目).
それを一般の整域で行う.
$R$を整域とし,$R^{*}=R\setminus \{0\}$とする.直積集合$R \times R^*$上の二項関係$\sim$を以下で定義する.
\[
(p_1, q_1) \sim (p_2, q_2) \overset{{\rm def}}{\Leftrightarrow} p_1 \cdot q_2 = p_2 \cdot q_1
\]
この$\sim$は同値関係である.各$(p,q) \in R \times R^*$に対し,同値類$[(p,q)]_{\sim}$を$\dfrac{p}{q}$と表記し,その商集合を$K$と表す.つまり,
\[
K:=\left \{ \dfrac{p}{q} : p,q \in R, q \neq 0\right\}
\]
である.今,集合$K$上に演算$+_K$と$\cdot_K$を次で定義する:
\begin{align*}
\frac{p_1}{q_1}+_K\frac{p_2}{q_2}&=\frac{p_1 q_2 + p_2 q_1}{q_1q_2}\\
\frac{p_1}{q_1}\cdot_K \frac{p_2}{q_2}&=\frac{p_1p_2}{q_1q_2}
\end{align*}
この演算はwell-definedであり,以降は単に$+$と$\cdot$で書く.
命題 4.4.2
$K$は体である.また$R$の各元$a \in R$を$\dfrac{a}{1} \in K$と同一視することで,$R$は$K$の部分環として見なせる.
証明
証明略.
整域$R$に対し,上記の体$K$を$K(R)$で表し,$R$の商体という.
複雑に書いたが,結局,商体とは整域の元を使って分数を作り,その分数を集めたものである.こうすることで,整域の中では乗法の逆元を持たない元に無理やり逆元を作ることができる.つまり,足りない乗法の逆元を加えた集合が商体である.
ここからは一意分解整域のみを考える.
定義 4.4.3
$R$を一意分解整域とし,$a_1,\ldots,a_n \in R$の少なくとも1個は$0$でないとする.
まずは最大公約元がいつでも存在し,それが同伴の差を除いて一意的であることを示そう.
-
$d \in R$は,各$i$に対し,$d | a_i $を満たすとき,$a_1,\ldots,a_n$の公約元という.
-
$a_1,\ldots,a_n$の公約元$g \in R$は,任意の$a_1,\ldots,a_n$の公約元$d$に対し,$d | g$を満たすとき,$a_1,\ldots,a_n$の最大公約元といい,$\gcd(a_1,\ldots,a_n)$で表す.
-
$\gcd(a_1,\ldots,a_n)=1$のとき,$a_1,\ldots,a_n$は互いに素という.
命題 4.4.4
$R$を一意分解整域とし,$a_1,\ldots,a_n \in R$の少なくとも1個は$0$でないとする.このとき, $\gcd(a_1,\ldots,a_n)$は同伴の差を除いて一意的に存在する.
証明
$a_1,\ldots,a_m \neq 0, a_{m+1}=\cdots=a_n=0$としてよい.$R$は一意分解整域なので,各$1 \leq i \leq m$に対し,
\[
a_i=u_i \prod_{j=1}^{k} p_{j}^{r_{ij}}
\]
と表すことができる.ただし,$u_i \in R^{\times}$で$p_1,\ldots,p_k$は$a_1\ldots,a_m$の素元分解に現れる全ての素元である.$a_i$が単元の場合は単に$a_i=u_i$である.今,
\[
g:=\prod_{j=1}^{k} p_j^{\min(r_{1j},\ldots,r_{mj})}
\]
とすると,任意の$i$に対し,$g | a_i$である.また,$b \in R$が$a_1,\ldots,a_n$の任意の公約元とする.このとき,
\[
b=v\prod_{j=1}^{k} p_j^{s_j}
\]
と書ける.ただし,$v \in R^{\times}$である.すると,任意の$i$に対し,$b | a_i$より
\[
s_j \leq \min(r_{1j},\ldots,r_{mj})
\]
が各$j$に対して成り立つ.よって$b | g$である.これは$\gcd(a_1,\ldots,a_n)=g$を意味するので,存在が言えた.
最後に一意性を示す.$g,g'$をともに,$a_1,\ldots,a_n$の最大公約元とする.すると$g$の最大公約元の性質から$g'|g$が成り立つ.したがって,ある$a \in R$を用いて$g=ag'$と書ける.同様に,$g'|g$も成り立つのである$b \in R$を用いて$g'=bg$と書ける.すると,
\[
g=ag'=abg
\]
であるので,乗法の単位元の一意性から$ab=1$,つまり$a$は単元であるので,$g \sim g'$が従う.よって最大公約元の一意性が言えた.
系 4.4.5
$a_1,\ldots,a_n$が互いに素であることと,$\gcd(a_1,\ldots,a_n)$が単元であることは同値である.
それでは多項式環の話に入っていこう.
定義 4.4.6
$R$を一意分解整域とする.多項式$f=a_0 + a_{1}x+\cdots+a_nx^n \in R[x]$が原始的であるとは,$\gcd(a_0,\ldots,a_n)=1$となるときにいう.
原始的多項式について次の命題を証明する.
命題 4.4.7 (ガウスの補題)
$R$を一意分解整域,$K=K(R)$,$f=a_0+a_1 x+\cdots+a_nx^n,g=b_0+b_1x+\cdots+b_m x^m \in R[x]$とする.
- $f,g$が原始的なら$fg$も原始的である.
- $f$が原始的であり,多項式環$K[x]$において$f | g$ならば,$R[x]$においても$f |g$である.
証明
(1) $fg$が原始的でないなら,$fg$の係数の最大公約元は単元ではない,つまり$R$の素元$p$を選んで$fg$の全ての係数を割ることができる.一方,$f$は原始的であるので,$a_0,\ldots,a_n$の中で$p$で割り切れないものが存在する.そのうち添え字が最小なものを$r$とする.同様に,$b_0,\ldots,b_m$の中で$p$で割り切れないもののうち添え字が最小なものを$s$とする.今,$fg$の$r+s$次の係数を考えると
\[
a_0 b_{r+s} +\cdots +a_{r-1}b_{s+1}+a_r b_s +a_{r+1}b_{s-1}+ \cdots + a_{r+s} b_0
\]
である.ただし,定義されていない$a_i,b_j$は$0$とする.このとき,$r,s$の定義から$a_r b_s$を除いて,全ての項は$p$で割り切れる.しかし,$p$は素元であるので$a_rb_s$は$p$で割り切れない.したがって,この係数は$p$で割り切れなくなり矛盾する.よって$fg$は原始的である.
(2) $g \neq 0$としてよい.仮定から \[h=\dfrac{p_0}{q_0}+\dfrac{p_0}{q_1}x+\cdots+\dfrac{p_\ell}{q_{\ell}} x^{\ell} \in K[x], p_i,q_j \in R, q_j \neq 0 \]を用いて$g=fh$と書ける.この$h$が$R[x]$の多項式として見なせることがわかればよい. $c=q_1\cdots q_{\ell}$とすると,$ch$は$R[x]$の多項式として見なせることができる.この$ch$の係数の最大公約元を$d$とする.このとき,$ch=dt$となる$t \in R[x]$がとれ,$t$は原始的である.(1)から$ft$は原始的であるので,$cg=cfh=dft$から$d$は$dft$の係数の最大公約元であり,$c$が$dft$の係数の公約元であることがわかる.すると,$c | d$が得られるので,$h=\dfrac{d}{c} t \in A[x]$が従う.
それでは定理 4.4.1を示す.
(2) $g \neq 0$としてよい.仮定から \[h=\dfrac{p_0}{q_0}+\dfrac{p_0}{q_1}x+\cdots+\dfrac{p_\ell}{q_{\ell}} x^{\ell} \in K[x], p_i,q_j \in R, q_j \neq 0 \]を用いて$g=fh$と書ける.この$h$が$R[x]$の多項式として見なせることがわかればよい. $c=q_1\cdots q_{\ell}$とすると,$ch$は$R[x]$の多項式として見なせることができる.この$ch$の係数の最大公約元を$d$とする.このとき,$ch=dt$となる$t \in R[x]$がとれ,$t$は原始的である.(1)から$ft$は原始的であるので,$cg=cfh=dft$から$d$は$dft$の係数の最大公約元であり,$c$が$dft$の係数の公約元であることがわかる.すると,$c | d$が得られるので,$h=\dfrac{d}{c} t \in A[x]$が従う.
定理 4.4.1の証明
定数ではない原始的多項式$f \in R[x]$が$R[x]$において素元分解を持つことを示せば十分である.実際,原始的でない多項式は原始的多項式に素元がかけられているだけである.
$K=K(R)$とすると,系 4.3.9より$K[x]$は一意分解整域である.すると$f$は$K[x]$の多項式として素元分解
\[
f=h_1 \cdots h_n, h_i \in K[x]
\]
を持つ.各$i$に対し,$c_i$を$h_i$の係数の分母の積とし,$c_i h_i \in R[x]$の係数の最大公約元を$d_i$とすれば,原始的多項式$f_i \in R[x]$を選んで,$c_i h_i=d_if_i$となるようにできる.したがって
\[
f \cdot \prod_{i=1}^n c_i =\prod_{i=1}^{n} d_i \cdot \prod_{i=1}^n f_i
\]
である.$f_i$は全て原始的であるので,ガウスの補題 (1)から$\prod_{i=1}^n f_i$も原始的であり,$d:=\prod_{i=1}^{n} d_i$が$\prod_{i=1}^{n} d_i \cdot \prod_{i=1}^n f_i$の係数の最大公約元となる.一方,$f$は原始的であるから,$c:=\prod_{i=1}^n c_i$は$f \cdot \prod_{i=1}^n c_i$の係数の最大公約元である.
すると,$c,d$は$R$の元として同伴であるので,単元$u \in R^{\times}$を用いて$d=uc$と書ける.したがって,$fc=uc \prod^{n}_{i=1}f_i$となるが,$R[x]$は整域なので,簡約律から$f=u\prod^{n}_{i=1}f_i$が得られる.したがって,各$f_i$が$R[x]$において素元であれば$f$は$R[x]$において素元分解を持つことになり証明が終了する.
$f_i$と$h_i$は$K[x]$において同伴であるので,$K[x]$のイデアルとして等式$f_i K[x] = h_i K[x]$を得る.よって$h_i$が$K[x]$の素元であることから$f_i$も$K[x]$の素元である.今,$I=f_i R[x]$とし,$ab \in I$を満たす$a,b \in R[x]$をとる.このとき,$R[x]$(および$K[x]$)において$f_i | ab$であるが,$(I \subset) f_i K[x]$が素イデアルであるので,$K[x]$において$f_i | a$または$f_i | b$が成り立つ.$f_i | a$としよう.するとガウスの補題 (2)より$R[x]$においても$f_i |a$である.したがって$I$が素イデアルであることがわかったので,$f_i$は$R[x]$において素元である.