応用線型代数特論

1回目:多項式環とアフィン多様体

本講義で重要である多項式環と基本的な幾何的対象であるアフィン多様体を導入する. まずは単項式の定義から始める.
定義 1.1
$x_1,\ldots,x_n$の単項式 (monomial) とは \[x_1^{\alpha_1}\cdot x_2^{\alpha_2}\cdots x_n^{\alpha_n}\] の形の積のことをいう.ここで指数 $\alpha_1,\dots,\alpha_n$ は 非負整数である.和 $\alpha_1+\cdots +\alpha_n$ を この単項式の 全次数 (total degree) という.
単項式を簡略化して次のように表記することができる. $\alpha=(\alpha_1,\dots,\alpha_n)$ を非負整数の $n$ 個の組として, \[x^\alpha=x_1^{\alpha_1}\cdot x_2^{\alpha_2}\cdots x_n^{\alpha_n}\] と書く.$\alpha=(0,\dots,0)$ のときは,$x^\alpha=1$ であることに 注意する.$|\alpha|=\alpha_1+\cdots+\alpha_n$ により,単項式 $x^\alpha$ の 全次数を表す.
定義 1.2
係数を $k$ に持つ $x_1,\dots,x_n$ の 多項式 (polynomial) $f$ とは, $k$ の元を係数とする単項式の有限個の線型結合のことをいう. 多項式 $f$ を次のように表す. \[f=\sum_\alpha a_\alpha x^\alpha,\quad a_\alpha\in k.\] ここで,和は有限個の $\alpha=(\alpha_1,\dots,\alpha_n)$ について とっている. 係数を $k$ に持つ $x_1,\dots,x_n$ の多項式全体 の集合を $k[X]:=k[x_1,\dots,x_n]$ と表す.
変数の個数が少ない多項式を扱うときは,添字を省いて,$x_1,x_2,x_3,\ldots$の代わりに$x,y,z,w$を使う.

多項式を扱う際に次の用語を使う.
定義 1.3
例えば,$k[x,y,z]$の多項式$f=2x^3y^2z+3y^3 z^3 -3xyz+y^2$は4つ項を持ち,全次数は$6$である.また全次数を持つ項は複数個あることに注意する.

2つの多項式の積や和はふたたび多項式となる.多項式$f,g \in k[X]$に対して,$g=fh$となるような多項式$h \in k[X]$が存在するとき,$f$は$g$を割り切るといい,$f | g$と表す.

次に$k[X]$の数学的構造について調べる.
定義 1.4
$k[X]$は加法と乗法の下で,可換環の構造を持つ.ゆえに,$k[X]$は多項式環 (polynomial ring)と呼ばれる.

次にアフィン多様体を定義する.
定義 1.5
集合 \[ k^n=\{ (a_1,\ldots,a_n) : a_1,\ldots,a_n \in k \} \] を$k$上の$n$次元アフィン空間 (affine space)と呼ぶ. $f_1,\ldots,f_s$を$k[X]$の多項式としたとき, \[ \mathbf{V}(f_1,\ldots,f_s)=\{ (a_1,\ldots, a_n) \in k^n : \mbox{すべての$1 \leq i \leq s$に対して$f_i(a_1,\ldots,a_n)=0$}\} \] とおき.$\mathbf{V}(f_1,\ldots,f_s)$を$f_1,\ldots,f_s$により定義されるアフィン多様体 (affine variety)という.また$f_1,\ldots,f_s$を$\mathbf{V}(f_1,\ldots,f_s)$の定義方程式という.
つまりアフィン多様体$\mathbf{V}(f_1,\ldots,f_s)$とは 連立方程式 \[ f_1(x_1,\ldots,x_n)=f_2(x_1,\ldots,x_n)=\cdots = f_s (x_1,\ldots,x_n)=0 \] の解全体の集合である.したがって,一般の多項式の連立方程式を解く,と言うことは$\mathbf{V}(f_1,\ldots,f_s)$を具体的に記述するということに他ならない.
例 1.6
平面 $\mathbb{R}^2$ 内の多様体 $\mathbf{V}(x^2+y^2-1)$ を考える. これは原点を中心とする半径1の円である. 他にも円錐曲線(円,楕円,放物線,双曲線)はアフィン多様体 である.同様に多項式関数のグラフはアフィン多様体である ( $y=f(x)$ のグラフは $\mathbf{V}(y-f(x))$ である).
アフィン多様体は空集合になりうることにも触れておかなければならない. たとえば $k=\mathbb{R}$ のとき,$x^2+y^2=-1$ は実数解を持たないから, 明らかに $\mathbf{V}(x^2+y^2+1)=\emptyset$ である($k=\mathbb{C}$ のときには解がある). 別の例は $\mathbf{V}(xy,xy-1)$ である.与えられた $x$ と $y$ に対して, $xy=0$ と $xy=1$ が同時に成り立つことはありえないから,これは どんな体上でも空集合である.

最後に,アフィン多様体の基本性質を記しておく.
補題 1.7
$V,\,W\subset k^n$ がアフィン多様体ならば,$V\cup W$ と $V\cap W$ も アフィン多様体である.
証明
$V=\mathbf{V}(f_1,\dots,f_s),\,W=\mathbf{V}(g_1,\dots,g_t)$ であるとする. このとき, \begin{align*} V\cap W&=\mathbf{V}(f_1,\dots,f_s,g_1,\dots,g_t) \\ V\cup W&=\mathbf{V}(f_ig_j : 1\leq i\leq s,\,1\leq j\leq t) \end{align*} となることを主張する. 1番目の等号の証明は自明である.実際 $V\cap W$ に属するということは, $f_1,\dots,f_s$ と $g_1,\dots,g_t$ の両方が消えること, すなわち $f_1,\dots,f_s,g_1,\dots,g_t$ が消えることを意味するからである (ここで「消える」はvanishの訳で,値がゼロになることを意味する).

2番目の等式はもう少し大変である. $(a_1,\dots,a_n)\in V$ とすると,すべての $f_i$ はこの点で消えるから, すべての $f_ig_j$ もまた点 $(a_1,\dots,a_n)$ で消える.したがって, $V\subset\mathbf{V}(f_ig_j)$ である.同様に $W\subset\mathbf{V}(f_ig_j)$ が従う. これは $V\cup W\subset\mathbf{V}(f_ig_j)$ を示している.逆の包含関係を示す ために,$(a_1,\dots,a_n)\in\mathbf{V}(f_ig_j)$ を選ぶ.これが $V$ に属していれば 証明が終わる.そうでないとすると, ある $i_0$ に対して $f_{i_0}(a_1,\dots,a_n)\not=0$ である. 任意の $j$ に対して $f_{i_0}g_j$ は $(a_1,\dots,a_n)$ で消えているから, $g_j$ はこの点で消えていなければならない. これは $(a_1,\dots,a_s)\in W$ を示している. 以上により $\mathbf{V}(f_ig_j)\subset V\cup W$ が示された.