2回目:イデアル
この節では本講義で学ぶ基本的な代数的対象を定義する.定義 2.1
部分集合 $I \subset k[X]$ が
イデアル
(ideal) であるとは,次を満たすときをいう.
イデアルは線形代数学でいうベクトル空間の部分空間のようなものである.違うのは,ベクトル空間のスカラー倍が,イデアルでは多項式の積となっていることである.
イデアルの最初の自然な例は,有限個の多項式により生成されるイデアルである.
定義 2.2
$f_1,\dots,f_s$ を $k[X]$ に含まれる多項式とする.
このとき,
\[\langle f_1,\ldots,f_s \rangle =
\left\{\sum_{i=1}^s h_if_i \ : \ h_1,\dots,h_s\in k[X]\right\}\]
とおく.
重要な事実は,$\langle f_1,\ldots,f_s \rangle $がイデアルになることである.
補題 2.3
$f_1,\dots,f_s\in k[X]$ とすると,$\langle f_1,\ldots,f_s \rangle$ は $k[X]$ のイデアルである.
$\langle f_1,\ldots,f_s \rangle$ を $f_1,\dots,f_s\in k[X]$ により生成されるイデアルという.
証明
まず $0=\sum_{i=1}^s 0\cdot f_i$ だから,$0\in\langle f_1,\ldots,f_s \rangle$ である.
次に $f=\sum_{i=1}^s p_i f_i$, $g=\sum_{i=1}^s q_i f_i$ と仮定し,
$h\in k[X]$ とする.このとき等式
\begin{align*}
f+g&=\sum_{i=1}^s (p_i+q_i) f_i,\\
hf&=\sum_{i=1}^s (hp_i) f_i
\end{align*}
より,$\langle f_1,\ldots,f_s \rangle$ はイデアルである.
イデアル $\langle f_1,\ldots,f_s \rangle$ は,多項式の連立方程式を考えるとうまく解釈できる.
$f_1,\ldots,f_s\in k[X]$ に対して,連立方程式
\[
\begin{array}{rcl}
f_1&=&0,\\
& \vdots & \\
f_s&=&0
\end{array}
\]
を考える.これらの方程式から,代数演算を用いて別の連立方程式を導くことができる.
たとえば,最初の方程式と $h_1\in k[X]$ の積をとる,
2番目の方程式と $h_2\in k[X]$ の積をとる,というように順に作った式の和をとると,
\[h_1f_1+h_2f_2+\cdots+h_sf_s=0\]
がもとの連立方程式から得られる.
この方程式の左辺は,まさにイデアル $\langle f_1,\ldots,f_s \rangle$ の要素になっていることに注意する.したがって,$\langle f_1,\ldots,f_s \rangle$ は連立方程式 $f_1=f_2=\cdots=f_s=0$ から「帰結された多項式」全体からなる集合と考えることができる.
イデアル$I$が有限生成 (finitely generated)であるとは,$I=\langle f_1,\ldots,f_s \rangle$ となる $f_1,\ldots,f_s \in k[X]$ が存在するときをいい, $f_1,\ldots,f_s$ を $I$ の基底 (basis) または生成系 (generator)という. 後ろの節で, $k[X]$ の任意のイデアルは有限生成であるという事実を証明する(これはヒルベルトの基底定理として知られている).
次の命題は,イデアルの果たす別の役割を示唆する. これは多様体がその定義方程式により生成されるイデアルだけに 依存することを示している.
命題 2.4
$f_1,\ldots,f_s$ と $g_1,\dots,g_t$ が $k[X]$ の同じイデアルの基底である,
つまり $\langle f_1,\ldots,f_s \rangle=\langle g_1,\dots,g_t\rangle$ とする.
このとき,$\mathbf{V}(f_1,\ldots, f_s)=\mathbf{V}(g_1,\dots,g_t)$ である.
証明
$\mathbf{V}(f_1,\ldots, f_s) \subset \mathbf{V}(g_1,\dots,g_t)$を示せば十分である.$(a_1,\ldots,a_n) \in \mathbf{V}(f_1,\ldots, f_s)$を勝手にとる.このとき,任意の$f_i$に対して,$f_i(a_1,\ldots,a_n)=0$である.
$\langle f_1,\ldots,f_s \rangle=\langle g_1,\dots,g_t\rangle$であるので,任意の$g_j$に対し,
\[
g_j=h^{(j)}_{1} f_1+\cdots+h^{(j)}_{s} f_s
\]となる$h^{(j)}_{1},\ldots,h^{(j)}_{s} \in k[X]$が存在する.すると
\begin{align*} g_j(a_1,\ldots,a_n)&=h^{(j)}_{1}(a_1,\ldots,a_n) f_1(a_1,\ldots,a_n)+\cdots+h^{(j)}_{s}(a_1,\ldots,a_n) f_s(a_1,\ldots,a_n)\\
&=h^{(j)}_{1}(a_1,\ldots,a_n) \cdot 0+\cdots+h^{(j)}_{s}(a_1,\ldots,a_n) \cdot 0
\\&=0
\end{align*}
が成り立つ.
したがって,$(a_1,\ldots, a_n) \in \mathbf{V}(g_1,\dots,g_t)$となるので,
$\mathbf{V}(f_1,\ldots, f_s) \subset \mathbf{V}(g_1,\dots,g_t)$がわかる.
例として多様体 $\mathbf{V}(2x^2+3y^2-11,x^2-y^2-3)$ を考える.
$\langle 2x^2+3y^2-11,x^2-y^2-3\rangle=\langle x^2-4,y^2-1\rangle$ となること
が容易に示せるので,上の命題より
\[\mathbf{V}(2x^2+3y^2-11,x^2-y^2-3)=\mathbf{V}(x^2-4,y^2-1)
=\{(\pm 2,\pm 1)\}\]
となる.このようにイデアルの基底を取り換えることにより,
多様体を決定しやすくなった.
次に与えられた多様体上で消える 多項式全体の集合を考える.
定義 2.5
$V\subset k^n$ をアフィン多様体とする.このとき
\[ \mathbf{I}(V)
= \{ f\in k[X] : \text{すべての }
(a_1,\dots,a_n)\in V \text{ に対して}
f(a_1,\dots,a_n)=0
\}
\]
とおく.
重要な結果は,$\mathbf{I}(V)$ がイデアルになることである.
補題 2.6
$V\subset k^n$ をアフィン多様体とする.このとき $\mathbf{I}(V)\subset k[X]$ は
イデアルである.$\mathbf{I}(V)$ を $V$ のイデアルという.
証明
零多項式は $k^n$ 全体で消えるから特に $V$ 上消える.
したがって $0\in\mathbf{I}(V)$ は明らかである.次に $f,\,g\in\mathbf{I}(V)$ と
仮定し $h\in k[X]$ とする.
$(a_1,\dots,a_n)$ を $V$ の任意の点とする.
このとき
\begin{align*}
f(a_1,\dots,a_n)+g(a_1,\dots,a_n)&=0+0=0,\\
h(a_1,\dots,a_n)f(a_1,\dots,a_n)&=h(a_1,\dots,a_n)\cdot 0=0
\end{align*}
となるから,$\mathbf{I}(V)$ はイデアルである.
例 2.7
多様体のイデアルの例として,$k^2$ の原点からなる
多様体 $\{(0,0)\}$ を考える.このとき,そのイデアル $\mathbf{I}(\{(0,0)\})$ は,
原点で消えるすべての多項式からなるが,
\[\mathbf{I}(\{(0,0)\})=\langle x,y\rangle\]
が成り立つ.$A(x,y)x+B(x,y)y$ の形の多項式は明らかに原点
で消えるから,証明の一方向は自明である.もう一方を示すため
に,$f=\sum_{i,j}a_{ij}x^iy^j$ が原点で消えると仮定する.
このとき,$a_{00}=f(0,0)=0$ であるから,
\begin{align*}
f=a_{00}+\sum_{(i,j)\not=(0,0)}a_{ij}x^iy^j
=0+\left(\sum_{i>0,j}a_{ij}x^{i-1}y^j\right)x+\left(
\sum_{j>0}a_{0j}y^{j-1}\right)y\in\langle x,y\rangle
\end{align*}
となる.以上により主張が示された.
定義 2.8
イデアル$I \subset k[X]$が単項式イデアル (monomial ideal) であるとは
部分集合$A \subset \mathbb{Z}^n_{\geq 0}$があって,$I$が$\sum_{\alpha \in A} h_\alpha x^{\alpha} (h_{\alpha} \in k[X])$の形の有限和で書ける多項式全体からなることをいう.ここで$\mathbb{Z}_{\geq 0}$は非負整数全体の集合である.このとき,$I=\langle x^{\alpha} : \alpha \in A \rangle$と書く.
例 2.9
$\mathbb{Q}[x,y]$のイデアルとして$I=\langle x+y, x-y \rangle$を考える.このとき,$((x+y)+(x-y))/2=x$と$((x+y)-(x-y))/2=y$から$x,y \in I$,特に,$\langle x,y \rangle \subset I$である.明らかに逆の包含関係が成り立つので,$\langle x,y \rangle = I$となる.したがって,$I$は単項式イデアルである.このように,イデアルが単項式でないもので生成されていたとしても,単項式イデアルになることがある.
イデアルに関する代表的問題として,与えられた$f \in k[X]$がイデアル$I \subset k[X]$に属するかどうかを決定するアルゴリズムが存在するか?というイデアル所属問題がある.単項式イデアルに関して,この問題は簡単である.
補題 2.10
$I=\langle x^{\alpha} : \alpha \in A \rangle$を単項式イデアルとする.このとき,単項式$x^{\beta}$が$I$の元であることと,ある$\alpha \in A$に対して$x^\beta$が$x^{\alpha}$で割り切れることは同値である.
証明
もし$x^{\beta}$が適当な$\alpha \in A$に対して$x^\alpha$の倍元であるならば,イデアルの定義により$x^{\beta} \in I$である.逆に,もし$x^{\beta} \in I$であるならば$x^{\beta}=\sum_{i=1}^s h_i x^{\alpha(i)}$となる.ここで,$h_i \in k[X]$かつ$\alpha(i) \in A$である.もし,各$h_i$を項の和に分解すると,
\[
x^{\beta} = \sum_{i=1}^s h_i x^{\alpha(i)}=\sum_{i=1}^s \left( \sum_j c_{i,j} x^{\beta(i,j)} \right) x^{\alpha(i)}=\sum_{i,j} c_{i,j} x^{\beta(i,j)} x^{\alpha(i)}
\]
を得る.右辺に現れる単項式の各項は$x^{\alpha(i)}$のどれかで割り切れる.したがって左辺の単項式$x^{\beta}$も同じ性質を持つ.
次に,与えられた多項式$f$が単項式イデアルに含まれるどうかの判定法を証明する.
補題 2.11
$I$を単項式イデアルとし,$f \in k[X]$とする.このとき,次の3つの主張は同値である.
証明
$(3) \Rightarrow (2) \Rightarrow (1)$と$(2) \Rightarrow (3)$は明らか.$(1) \Rightarrow (2)$は補題 2.10と同様の方法で証明できる.
この補題の(3)から,単項式イデアルはその中に含まれる単項式から一意的に決定されることがわかる.したがって次が成り立つ.
系 2.12
2つの単項式イデアルが同じであることと,そこに含まれる単項式全体が一致することは同値である.
最後に単項式イデアルに対するヒルベルトの基底定理を証明する.
定理 2.13 (ディクソンの補題)
$I=\langle x^{\alpha} : \alpha \in A \rangle$を単項式イデアルとする.このとき,$I$は有限個の$\alpha(1),\ldots,\alpha(s) \in A$を選んで$I= \langle x^{\alpha(1)}, \ldots, x^{\alpha(s)} \rangle$と書き表すことができる.特に,$I$は有限生成である.
証明
変数の個数$n$に関する帰納法を使う.$n=1$のとき,$I$は単項式$x_1^{\alpha}$ ($\alpha \in A \subset \mathbb{Z}_{\geq 0}$)により生成される.$\beta$を$A$の最小元とする.このとき,$\beta \leq \alpha$がすべての$\alpha \in A$に対して成り立つ.よって$x_1^{\beta}$はその他の生成元$x_1^{\alpha}$をすべて割り切る.これより$I=\langle x_1^{\beta} \rangle$が従う.
次に$n$まで定理が成り立つと仮定する.$R_{n+1}=k[x_1,\ldots,x_n,y]$とし,単項式を$x^{\alpha} y^m$と表し,$I=\langle x^{\alpha} y^m : (\alpha, m) \in A \rangle$と書く. $A'=\{ \alpha \in \mathbb{Z}^n_{\geq 0} : {}^\exists m, (\alpha,m) \in A\}$とし, $k[X]=k[x_1,\ldots,x_n]$のイデアル \[ J:=\langle x^{\alpha} : \alpha \in A' \rangle \subset k[X] \] を定義する.帰納法の仮定から$J$は有限個の $\alpha(1),\ldots,\alpha(s) \in A'$を選んで$J= \langle x^{\alpha(1)},\ldots,x^{\alpha(s)}\rangle$と書くことができる. 各$i$に対し,$(\alpha(i), m_i) \in A$となる$m_i$がとれるが,$M$を$m_i$の最大値とする.次に,$0 \leq k \leq M-1$に対し,$k[X]$のイデアル$J_k$を次のように構成する. \[J_k:=\langle x^{\alpha} : \alpha \in A_k \rangle \subset k[X],\] ただし$A_k=\{ \alpha \in \mathbb{Z}^{n}_{\geq 0} : (\alpha, k) \in A\}$. 再び帰納法の仮定から有限個の $\alpha_k(1),\ldots,\alpha_k(s_k) \in A_k$を選んで$J_k= \langle x^{\alpha_k(1)},\ldots,x^{\alpha_k(s)}\rangle$と書くことができる. このとき$I$は次の$I$に属する単項式 \[ x^{\alpha(i)} y^M (1\leq i \leq s), \ \ \ \ x^{\alpha_k(i)}y^k (0 \leq k \leq M-1, 1 \leq i \leq s_k) \] で生成される.実際,$I$の単項式$x^{\alpha} y^m$があったとき,$m \geq M$ならば$J$の構成より,ある$x^{\alpha(i)} y^M$で割り切れ,$m < M$ならば$J_k$の構成より,ある$x^{\alpha_{\ell}(i)} y^{\ell}$ ($\ell \leq m$)で割り切れる.
さらに上の各生成元たちは$I$に属するから,ある$x^{\alpha} y^m$ ($(\alpha,m) \in A$)で割り切れる.その生成元をこの$x^{\alpha} y^m$に交換しても,生成するイデアルは小さくならないので,やはり$I$に等しい.したがって,有限個の$(\alpha,m) \in A$を選んで,$I$は$x^{\alpha} y^m$たちで生成できることがわかった.
次に$n$まで定理が成り立つと仮定する.$R_{n+1}=k[x_1,\ldots,x_n,y]$とし,単項式を$x^{\alpha} y^m$と表し,$I=\langle x^{\alpha} y^m : (\alpha, m) \in A \rangle$と書く. $A'=\{ \alpha \in \mathbb{Z}^n_{\geq 0} : {}^\exists m, (\alpha,m) \in A\}$とし, $k[X]=k[x_1,\ldots,x_n]$のイデアル \[ J:=\langle x^{\alpha} : \alpha \in A' \rangle \subset k[X] \] を定義する.帰納法の仮定から$J$は有限個の $\alpha(1),\ldots,\alpha(s) \in A'$を選んで$J= \langle x^{\alpha(1)},\ldots,x^{\alpha(s)}\rangle$と書くことができる. 各$i$に対し,$(\alpha(i), m_i) \in A$となる$m_i$がとれるが,$M$を$m_i$の最大値とする.次に,$0 \leq k \leq M-1$に対し,$k[X]$のイデアル$J_k$を次のように構成する. \[J_k:=\langle x^{\alpha} : \alpha \in A_k \rangle \subset k[X],\] ただし$A_k=\{ \alpha \in \mathbb{Z}^{n}_{\geq 0} : (\alpha, k) \in A\}$. 再び帰納法の仮定から有限個の $\alpha_k(1),\ldots,\alpha_k(s_k) \in A_k$を選んで$J_k= \langle x^{\alpha_k(1)},\ldots,x^{\alpha_k(s)}\rangle$と書くことができる. このとき$I$は次の$I$に属する単項式 \[ x^{\alpha(i)} y^M (1\leq i \leq s), \ \ \ \ x^{\alpha_k(i)}y^k (0 \leq k \leq M-1, 1 \leq i \leq s_k) \] で生成される.実際,$I$の単項式$x^{\alpha} y^m$があったとき,$m \geq M$ならば$J$の構成より,ある$x^{\alpha(i)} y^M$で割り切れ,$m < M$ならば$J_k$の構成より,ある$x^{\alpha_{\ell}(i)} y^{\ell}$ ($\ell \leq m$)で割り切れる.
さらに上の各生成元たちは$I$に属するから,ある$x^{\alpha} y^m$ ($(\alpha,m) \in A$)で割り切れる.その生成元をこの$x^{\alpha} y^m$に交換しても,生成するイデアルは小さくならないので,やはり$I$に等しい.したがって,有限個の$(\alpha,m) \in A$を選んで,$I$は$x^{\alpha} y^m$たちで生成できることがわかった.