応用線型代数特論

7回目:消去定理と拡張定理

この節では,本講義の目的であった多項式の連立方程式$f_1=\cdots=f_s=0$の解法を考える. $1$変数の代数方程式は$5$次以上だと解の公式がないため,一般に多項式の連立方程式は厳密解を求めることができない場合があることに注意する. 連立1次方程式では,方程式を組み合わせて変数を減らしていき,変数の少ない連立方程式を先に解くことで解を求めていった.これは結局,イデアル$\langle f_1,\ldots,f_s \rangle$に属する簡単な式を探すことに相当する.この方法を一つ紹介する. 非負整数$\ell$に対し,$k[X]_{\ell}=k[x_{\ell+1},\ldots,x_{\ell}]$とする. ここで$k[X]_0=k[X]$である.
定義 7.1
$k[X]$のイデアル$I = \langle f_1,\ldots, f_s \rangle$に対して,$\ell$次消去イデアル (elimination ideal) を \[ I_{\ell}=I \cap k[X]_{\ell} \] で定める.つまり,$I$に属する多項式のうち,最初の$\ell$変数を含まないもの全体のなす集合である.このとき,$I_{\ell}$は$k[X]_{\ell}$のイデアルである(証明は省略する). また,$I_0=I$である.
定理 7.2 (消去定理 (Elimination Theorem))
$k[X]$のイデアル$I$の辞書式順序に関するグレブナー基底を$G=\{g_1,\ldots,g_s\}$とすると,$0 \leq \ell \leq n$に対して, \[ G_{\ell}=G \cap k[X]_{\ell} \] は$\ell$次消去イデアル$I_{\ell}$のグレブナー基底(特に生成系)である.
証明
$\ell$を$0$から$n$の間で固定する.構成の仕方から,$G_{\ell} \subset I_{\ell}$であるので,グレブナー基底の定義より, \[\langle {\rm LT}(I_{\ell}) \rangle=\langle {\rm LT}(G_{\ell}) \rangle\] を証明すればよい.$\supset$は明らかなので,逆の包含関係を示す.

$f \in I_{\ell} \subset I$とする.$G$が$I$のグレブナー基底であるので,${\rm LT}(f)$は適当な$g \in G$をとれば${\rm LT}(g)$で割り切れる.$f \in I_{\ell}$であるから,これは${\rm LT}(g)$が変数$x_{\ell+1},\ldots,x_{n}$だけを含むことを意味する.ここで辞書式順序を用いているので,$x_1,\ldots,x_{\ell}$を含む単項式は$k[X]_{\ell}$のすべての単項式よりも大きい.したがって${\rm LT}(g) \in k[X]_{\ell}$より$g \in k[X]_{\ell}$が導かれる.これは$g \in G_{\ell}$を示している.よって,${\rm LT}(f)$は${\rm LT}(G_{\ell})$の単項式のいずれかで割り切れるということになり,${\rm LT}(f) \in \langle {\rm LT}(G_{\ell}) \rangle$が従い,定理が証明できた.
補足 7.3
$1 \leq \ell \leq n$の中の整数$\ell$を1つ固定する.変数$x_1,\ldots,x_{\ell}$を少なくとも1つは含む単項式が$k[X]_{\ell}$のすべての単項式より大きいとき,単項式順序$<$を$\ell$消去タイプと呼ぶ.定理 7.2の証明では辞書式順序のこの性質しか使っていないので,次のように一般化できる: $I$が$k[X]$のイデアルで,$G$が$I$の$\ell$消去タイプの順序に関するグレブナー基底とする.ことのき,$G \cap k[X]_{\ell}$は$\ell$次消去イデアル$I \cap k[X]_{\ell}$のグレブナー基底である.辞書式順序は任意の$1 \leq \ell \leq n$に対して,$\ell$消去タイプである.}
消去定理が何を意味するかというと,イデアルの中で,変数$x_1,\ldots,x_{\ell}$を含まない多項式が存在すれば,それは辞書式順序に関するグレブナー基底の中で見つけることができる(変数の打ち消しが起こる),ということである.これを例で確認してみる.
例 7.4
連立方程式 \begin{eqnarray} f_1&=&xy+z^2-2=0 \nonumber \\ f_2&=&x^2-yz=0\nonumber\\ f_3&=&xz-y^2=0 \nonumber \end{eqnarray} を解いてみる. $I=\langle f_1,f_2,f_3 \rangle \subset \mathbb{C}[x,y,z]$ とおくと,$I$の辞書式順序$<_{\rm lex}$に関するグレブナー基底として, \begin{eqnarray} g_1&=&z^4-3z^2+2=(z-1)(z+1)(z^2-2) \nonumber\\ g_2&=&yz^2-y=y(z-1)(z+1) \nonumber\\ g_3&=&y^3+z^3-2z=y^3+z(z^2-2) \nonumber\\ g_4&=&x-y^2z \end{eqnarray} がとれる.$\{g_1,g_2,g_3,g_4\}$は$I$の生成系なので,$\mathbf{V}(f_1,f_2,f_3)=\mathbf{V}(g_1,g_2,g_3,g_4)$であった.今,消去定理を使うと, \begin{eqnarray*} I_1=I \cap \mathbb{C}[y,z]= \langle g_1,g_2,g_3 \rangle, \ \ \ \ I_2=I \cap \mathbb{C}[z]=\langle g_1 \rangle \end{eqnarray*} であることがわかる. $g_1=0$より$z=\pm 1, \pm \sqrt{2}$がわかる.まず,$z=\pm \sqrt{2}$ならば, $g_2=0$より$y=0$,さらに$g_4=0$より$x=0$となり,解$(x,y,z)=(0,0, \pm \sqrt{2})$を得る. 次に,$z=\pm 1$ならば,$g_3=0$より,$y^3=\pm1$となり,$\omega$を$1$の3乗根とすると,$y=\pm \omega$であり,$g_4=0$より$x=\pm \omega^2$となるから,解$(x,y,z)=( \pm \omega^2, \pm \omega, \pm 1 )$を得る.以上より全ての解が求まった.
この例で,$z=\pm 1$や$(y,z)=(\pm \omega , \pm1)$はそれぞれ$\mathbf{V}(I_2) \subset k^1$や$\mathbf{V}(I_1) \subset k^2$の点である.つまり,$I_2$や$I_1$に対応する連立方程式の解である.このような消去イデアルに対応する連立方程式の解を部分解と呼ぶ. 上の例では,部分解から本来求めたい連立方程式の解に拡張することができた.しかし,一般に,どんな部分解も元の連立方程式の解に拡張できるとは限らない.
例 7.5
連立方程式 \begin{eqnarray*} f_1&=& xy-1=0\\ f_2&=& xz-1=0 \end{eqnarray*} を考える.$I=\langle f_1,f_2 \rangle \subset k[x,y,z]$とし,$x >_{\rm lex} y >_{\rm lex} z$を考えると,$\{f_1,f_2,y-z\}$は$I$のグレブナー基底となる.よって,消去定理から$y-z$は$I_1$のグレブナー基底となる.したがって,部分解$(y,z)=(a,a)$ $(a \in \mathbb{C})$を得る.今,部分解$(0,0)$を考える.元の連立方程式を考えると,$(x,0,0)$が元の連立方程式の解にならないことは明らかである.したがって,この部分解を拡張して,元の連立方程式の解を得ることはできない.
定理 7.6 (拡張定理 (Extension Theorem))
イデアル$I =\langle f_1,\ldots,f_s \rangle \subset \mathbb{C}[x_1,\ldots,x_n]$ を考え,$I_1$を$I$の1次消去イデアルとする.各$1\leq i \leq s$に対して,$f_i$を次の形に書く. \[ f_i=c_i(x_2,\ldots,x_n) x_1^{N_i} + (x_1 \mbox{の次数が$N_i$未満である項}). \] ここで$N_i \geq 0$で$c_i \in \mathbb{C}[x_2,\ldots,x_n]$はゼロでない多項式である.部分解$(a_2,\ldots,a_n) \in \mathbf{V}(I_1)$があると仮定する. このとき,$(a_2,\ldots,a_n) \notin \mathbf{V}(c_1,\ldots,c_s)$ならば,$a_1 \in \mathbb{C}$が存在して,$(a_1,\ldots,a_n) \in \mathbf{V}(I)$である.
証明にはもう少し準備が必要なので,主張の紹介だけにとどめておく.
定義 7.7
先の例だと, \begin{eqnarray*} f_1&=& y \cdot x -1=0\\ f_2&=& z \cdot x-1=0 \end{eqnarray*} なので,$c_1(y,z)=y, c_2(y,z)=z$となる.このとき部分解$(0,0)$を考えると,$(0,0) \in \mathbf{V}(c_1,c_2)$なので,拡張定理の仮定は成り立たない.実際,拡張ができないことは先ほど見た.一方,$0 \neq a \in \mathbb{C}$に対し,部分解$(a,a)$は$\mathbf{V}(c_1,c_2)$に属さないので,ある$b \in \mathbb{C}$が存在して,$(b,a,a)$という元の連立方程式の解に拡張できることが拡張定理からわかる. 実際,$(\frac{1}{a},a,a)$が連立方程式の解である.

グレブナー基底の応用

グレブナー基底の応用として例えば次のようなものがある.
  • 数式処理システム
  • 整数計画問題
  • 学習理論
  • ロボット工学
  • 代数統計学
  • このように多種多様な応用先があるが,一つの(最も大きな)問題はグレブナー基底の計算は莫大で,変数が増えるとたちまち計算が終わらなくなることである.そのためにも,グレブナー基底を高速で解くアルゴリズムの開発が求められている.

    一方,グレブナー基底は性質が良い分,抽象数学,特に可換環論や代数幾何学において,非常に強力な道具である.例えば,計算機で計算できないような(例えば$n$変数など)イデアル$I$が与えられた時,ある集合がその生成系となることを証明するのにグレブナー基底であることを理論的に証明することがある.これはグレブナー基底かどうかをチェックするテクニックがあるためである.生成系を求めるのは実は難しかったりする.他にも代数多様体の特異点解消のために使われたりする.

    Macaulay2

    最後に,グレブナー基底を計算できる無料の計算機代数システムとしてMacaulay2を紹介する. Macaulay2は代数幾何と可換代数の計算のための,フリーのオープンソースな計算機代数システムである. Unixシステム,Mac OS Xおよび,Cygwinのもと,Windowsでダウンロードし,使用可能である. また,以下のサイトでウェブブラウザからオンラインで使用することも可能である.

    Macaulay2Web

    例えば,イデアル$I=\langle x^2+y, 2xy +y^2 \rangle \subset \mathbb{Q}[x,y]$の$x >_{\rm lex} y$に関するグレブナー基底を計算するためには,次のコマンドで計算できる. \begin{align*} &{\tt i1 : R = QQ[x,y,MonomialOrder=>Lex]}\\ &{\tt i2 : I = ideal(x\text{^}2 + y,2*x*y + y\text{^}2)}\\ &{\tt i3 : gens\ gb\ I} \end{align*} さらに,イデアル$I$のグレブナー基底による多項式$f$の割り算の余りは \[\tt i4 : f \% I\] で求まる. 単項式順序を変えたければ,例えば次数付き辞書式順序の場合はLexの部分をGLexなどに変えればいい.何も指定しなければ,rlexで計算される.