6回目:被約グレブナー基底と判定法の改良
ブッフバーガーアルゴリズムを実行すると,多項式がたくさん増えていく.その際,余計な多項式が含まれる場合がある.つまり,取り除いてもグレブナー基底となるような多項式が存在する場合がある.そのため,なるべく余計な多項式を取り除くことを考える.定義 6.1
次の2条件を満たすグレブナー基底$G$を,極小グレブナー基底 (minimal Gröbner basis) と呼ぶ:
あるグレブナー基底が(2)の条件を満たさないならば,その$p$を取り除いても依然としてグレブナー基底である.こうして取り去っていくと,最後には極小グレブナー基底に辿り着くので,極小グレブナー基底は存在する.
しかし,一般に極小グレブナー基底は一意ではない.
例 6.2
$f_1=x^3-2xy, f_2=x^2y-2y^2+x, I=\langle f_1, f_2 \rangle \subset k[x,y]$とし,さらに,$f_3=-x^2, f_4=-2xy, f_5=-2y^2+x$とおく.このとき,$\{f_1,f_2,f_3,f_4,f_5\}$は$I$の次数付き逆辞書式順序$x >_{\rm rlex} y$に関するグレブナー基底であった.ここから極小グレブナー基底を求める.まずゼロでない定数をかけてもグレブナー基底であることは変わらないので,
$f'_3=x^2, f'_4=xy,f'_5=y^2-\frac{1}{2}x$として取り替える.
今,${\rm LT}(f_1)=x^3=x \cdot {\rm LT}(f'_3)$であるので,$f_1$を取り除いてもグレブナー基底であることは変わらない.同様に,${\rm LT}(f_2)=x^2y=y \cdot {\rm LT}(f_3')$より,$f_2$も取り除ける.
こうして残った$\{f'_3,f'_4,f_5' \}$は条件(1)と(2)を満たすので,これが$I$の極小グレブナー基底となっている.
一方,適当な定数$a \in k$を用いて,$\tilde{f}_3=x^2+axy$とおくと,$\{\tilde{f}_3,f'_4,f'_5\}$も$I$の極小グレブナー基底となることは簡単に確かめられる.つまり,極小グレブナー基底を無限個作ることが可能となる.
極小グレブナー基底の中で,最も良いもの,つまり,一意に定まるようなものはないか考える.
定義 6.3
次の2条件を満たすグレブナー基底$G$を被約グレブナー基底 (reduced Gröbner basis) と呼ぶ:
定理 6.4
$I \subset k[X]$をゼロでないイデアルとする.与えられた単項式順序に関して,$I$は被約グレブナー基底を持ち,被約グレブナー基底は唯一に定まる.
証明
まずは存在を証明する.極小な$I$のグレブナー基底$G=\{g_1,\ldots,g_t\}$をとる.$g'_1$を$g_1$を$G \setminus \{g_1\}$で割った余りとし,$G_1=\{g'_1,g_2,\ldots,g_t\}$とする.極小性より${\rm LT}(g_1)={\rm LT}(g'_1)$である.実際,${\rm LT}(g_1)$は${\rm LT}(G\setminus\{g_1\})$のいずれでも割り切れないので,割り算アルゴリズムでは余りに行くからである.よって$G_1$は極小グレブナー基底となる.次に$g'_2$を$g_2$を$G_1 \setminus \{g_2\}$で割った余りとし,$G_2=\{g'_1,g'_2,g_3,\ldots,g_t\}$とすると,$G_2$は極小グレブナー基底となる.これを続けていき,$g'_t$と$G_t$まで定めると,${\rm LT}(g_i)={\rm LT}(g'_i)$かつ$G_i$はすべて極小グレブナー基底である.${\rm LT}(G_i)={\rm LT}(G_t)$と$g'_i$が余りであることから,$G_t$は被約グレブナー基底となる.
次に一意性を証明する.$G$と$G'$をともに被約グレブナー基底とする.このとき,$G$と$G'$は極小グレブナー基底となるので,${\rm LT}(G)={\rm LT}(G')$である.したがって,$g \in G$を与えたとき,${\rm LT}(g)={\rm LT}(g')$となる$g' \in G'$が存在するが,このとき$g=g'$を証明すれば一意性が従う. 今,$g-g' \in I$を考える.$G$がグレブナー基底であるので,$g-g'$は$G$で割り切れる.しかし,${\rm LT}(g)={\rm LT}(g')$であるからこの項は$g-g'$の中で打ち消しあっている.したがって$G$と$G'$が被約グレブナー基底であるので,残っている項は${\rm LT}(G)={\rm LT}(G')$のどの項でも割り切れない.これは,$g-g'$の$G$による割り算の余りが$g-g'$自身であることを意味している.つまり$g-g'=0$となり証明が完了する.
次に一意性を証明する.$G$と$G'$をともに被約グレブナー基底とする.このとき,$G$と$G'$は極小グレブナー基底となるので,${\rm LT}(G)={\rm LT}(G')$である.したがって,$g \in G$を与えたとき,${\rm LT}(g)={\rm LT}(g')$となる$g' \in G'$が存在するが,このとき$g=g'$を証明すれば一意性が従う. 今,$g-g' \in I$を考える.$G$がグレブナー基底であるので,$g-g'$は$G$で割り切れる.しかし,${\rm LT}(g)={\rm LT}(g')$であるからこの項は$g-g'$の中で打ち消しあっている.したがって$G$と$G'$が被約グレブナー基底であるので,残っている項は${\rm LT}(G)={\rm LT}(G')$のどの項でも割り切れない.これは,$g-g'$の$G$による割り算の余りが$g-g'$自身であることを意味している.つまり$g-g'=0$となり証明が完了する.
例 6.5
先ほどの例を考える.実は,$\{f_3',f_4',f_5'\}$は $I$の被約グレブナー基底である.一方,$\tilde{f}_3$単項式$xy$が(2)の条件を満たなさいので,$a \neq 0$であれば,$\{\tilde{f}_3,f_4',f_5'\}$は $I$の被約グレブナー基底ではない.
被約グレブナー基底の一意性の応用として2つのイデアルが一致するかの判定ができる.
系 6.6
2つの$k[X]$のイデアル$I$と$J$が一致する必要十分条件は,$I$と$J$がある,特にすべての単項式順序に関する同じ被約グレブナー基底を持つことである.
この系を使って,$k=\mathbb{C}$のとき,多項式の連立方程式が解を持たないことをグレブナー基底を用いて判定できる.
そのために必要な結果の事実だけを紹介する.
定理 6.7 (ヒルベルトの弱零点定理)
$k=\mathbb{C}$とする.(もっと一般に$k$を代数的閉体としてもよい.)
イデアル$I \subset k[X]$に対し,$\mathbf{V}(I)=\emptyset$となることと,$I=k[X]$となることは同値である.
この結果が$k=\mathbb{R}$で成り立たないことは,$I=\langle x^2+1 \rangle$を考えればわかる.
その場合でも,$I=k[X]$であれば,$\mathbf{V}(I)=\emptyset$であることは従う.
系 6.8
$k=\mathbb{C}$とする.イデアル$I \subset k[X]$に対し,$\mathbf{V}(I)=\emptyset$となることと,$I$がある,特にすべての単項式順序に関して$\{1\}$を被約グレブナー基底に持つことは同値である.
$k=\mathbb{C}$でなくても,$I$が$\{1\}$を被約グレブナー基底に持てば,$\mathbf{V}(I)=\emptyset$となることは従う.
次にブッフバーガーアルゴリズムの改良を考える.まず,余りがゼロであることの意味についてもっと一般的な見方を与える必要がある.
定義 6.9
単項式順序を固定し,$G=\{g_1,\ldots,g_t\} \subset k[X]$とする.与えられた$f \in k[X]$に対して,$f$が標準表現 (standard representation)
\[
f=A_1 g_1 + \cdots + A_t g_t, \ \ A_i \in k[X]
\]
(ただし,$A_ig_i \neq 0$である限り,いつでも
\[
{\rm mdeg}(f) \geq {\rm mdeg}(A_i g_i)
\]
を満たす)を持つとき,$f$は$G$を法としてゼロに簡約されるといい,これを
\[
f \to_G 0
\]
と書く.
割り算アルゴリズムと余りが一意でなかった例から次のことがわかる.
補題 6.10
$G=(g_1,\ldots,g_t)$を$k[X]$の順序集合とし,$f \in k[X]$を固定する.このとき,$f$を$G$で割った余りが$0$であるならば,$f \to_G 0$である.しかし,この逆は一般に成り立たない.
従って,$f \to_G 0$は$f$を$G$で割った時の余りが$0$となることの一般化となっている.
これを使い,ブッフバーガー判定条件を一般化できる.
定理 6.11
イデアル$I$の基底$G=\{g_1,\ldots,g_t\}$がグレブナー基底であることと,
$S(g_i,g_j) \to_G 0$がすべての$i \neq j$で成り立つことは同値である.
証明
$G$がグレブナー基底のとき,$S(g_i,g_j)$の$G$による割り算の余りは$0$となり,補題 6.10より$S(g_i,g_j) \to_G 0$が従う.
逆の証明は,定理 5.5の証明では,
\[
S(g_i,g_j)= \sum_{\ell =1}^t A_{\ell} g_{\ell}
\]
が$A_{\ell} g_{\ell} \neq 0$のとき,
\[
{\rm mdeg}(A_{\ell}g_{\ell}) \leq {\rm mdeg}(S(g_i,g_j))
\]
を満たすということしか使っていないので,これが$S(g_i,g_j) \to_G 0$を意味するので,定理が従う.
この一般化した判定法を使って,アルゴリズムの中で$S(g_i,g_j) \to_G 0$となる$S$多項式は調べなくてよいことが証明できる.しかし,割り算の余りは一意的ではなかったので,$S(g_i,g_j) \to_G 0$を判定するアルゴリズムは少し工夫が必要なので,今回は,$S(g_i,g_j) \to_G 0$となる$g_i,g_j$の十分条件を証明し,アルゴリズムに組み込むことにする.
まず,次の命題は明らかである.
命題 6.12
$f \in k[X]$を$G=(g_1,\ldots,g_t)$で割ったときの余りが$r \neq 0$のとき,$G'=(g_1,\ldots,g_t,r)$とすると,$f \to_{G'} 0$である.
この命題から一度チェックした$S$多項式は,(必要ならば余りを追加することで)再びチェックする必要はない.これだけでもだいぶ計算を減らすことができる.
次の命題も極めて有効である.
命題 6.13
ゼロでない多項式$f,g \in k[X]$に対して,$f,g$の先頭単項式が互いに素,つまり${\rm lcm}( {\rm LM}(f), {\rm LM}(g))= {\rm LM}(f) \cdot {\rm LM}(g)$となるとき,$S(f,g) \to_{\{f,g\}} 0$である.
証明
適当な定数をかけることで,${\rm LC}(f)={\rm LC}(g)=1$としてよい.
$f={\rm LM}(f)+p, g={\rm LM}(g)+q$と書く.
このとき,
\begin{eqnarray*}
S(f,g)&=&{\rm LM}(g) \cdot f - {\rm LM}(f) \cdot g\\
&=&(g-q) \cdot f - (f-p) \cdot g\\
&=&g \cdot f -q \cdot f - f\cdot g + p \cdot g\\
&=& p \cdot g -q \cdot f
\end{eqnarray*}
と表せる.今,${\rm LT}(pg)={\rm LT}(qf)$を仮定する.
このとき,
\[
{\rm LM}(p) \cdot {\rm LM}(g) = {\rm LM}(q)\cdot {\rm LM}(f)
\]
が従う.よって${\rm LM}(f)$と${\rm LM}(g)$は互いに素から${\rm LM}(q)$は${\rm LM}(g)$で割り切れる.
しかし,${\rm LM}(g) > {\rm LM}(q)$に矛盾する.
したがって,${\rm LT}(p\cdot g) \neq {\rm LT}(q\cdot f)$である.
これから,
\[{\rm mdeg}(S(f,g))={\rm mdeg}(p\cdot g-q\cdot f)=\max({\rm mdeg}(p\cdot g), {\rm mdeg}(q\cdot f))\]
となる.
以上より,$S(f,g) \to_{\{f,g\}} 0$を得る.
この命題からすぐわかる事実を書いておく.
系 6.14
$I = \langle f_1,\ldots,f_s \rangle \subset k[X]$をゼロでないイデアルとする.全ての$i \neq j$に対し,$f_i$と$f_j$の先頭単項式が互いに素であれば,$\{f_1,\ldots,f_s\}$は$I$のグレブナー基底である.