離散数学

12回目:形式的冪級数

実数を係数とする形式的冪級数とは実数の列$\{a_n\}_{n=0}^{\infty}$を使って
$\displaystyle \sum_{n=0}^{\infty}a_nx^n=a_0+a_1 x + a_2 x^2 + \cdots $
(4)
と表示される数式のことをいう. またこの形式的冪級数を数列$\{a_n\}_{n=0}^{\infty}$の母関数と呼んだりもする. 多項式$a_0+a_1x+\cdots+a_n x^n$は$a_ {n+1}=a_{n+2}=\cdots=0$として考えることで,形式的冪級数とみなすことができる.つまり,形式的冪級数とは多項式の一般化である.ただし,多項式とは異なり一般には$x$に数値を代入することはできない(無限個の和が出てきて数値が定まらないため).解析的な情報を落とし,単なる数式として捉えることで様々な応用が可能となる.

2つの形式的冪級数$F(x)=\sum_{n=0}^{\infty}a_nx^n$と$G(x)=\sum_{n=0}^{\infty}b_nx^n$が等しいとは,$a_0=b_0,a_1=b_1,a_2=b_2,\cdots$が成り立つときにいう.つまり同じ数列の母関数となっているということである. 2つの形式的冪級数の加法および乗法を次のように定義する. \[ F(x)+G(x)=\left(\sum_{n=0}^{\infty}a_nx^n\right)+\left(\sum_{n=0}^{\infty}b_nx^n\right)=\sum_{n=0}^{\infty}(a_n+b_n)x^n\] \[F(x) \cdot G(x)=\left(\sum_{n=0}^{\infty}a_nx^n\right)\cdot\left(\sum_{n=0}^{\infty}b_nx^n\right)=\sum_{n=0}^{\infty}c_n x^n \] である.ただし,$c_n=\sum_{i=0}^{n} a_i b_{n-i}$である. つまり和は数列$\{a_n+b_n\}_{n=0}^{\infty}$の母関数,積は数列$\{c_n\}_{n=0}^{\infty}$の母関数を考える操作である.この2つの演算が結合律,交換律,分配律を満たすことは,多項式の場合と同様に示せる.
例 12.1
2つの形式的冪級数 \[ F(x)=1+x+x^2+\cdots \] と \[ G(x)=1-x \] を考える.この2つの形式的冪級数の積を計算すると \[ F(x) \cdot G(x)=(1+x+x^2+\cdots) \cdot (1-x)=1 \] となる.
形式的冪級数$F(x)$に対し,$F(x) \cdot G(x)=1$を満たす形式的冪級数$G(x)$を$F(x)$の逆元という.例えば,例12.1から$1-x$は形式的冪級数$1+x+x^2+\cdots$の逆元である.逆に$1+x+x^2+\cdots$は$1-x$の逆元でもある. 形式的冪級数はいつでも逆元を持つとは限らない. 形式的冪級数$F(x)$に対し,$F(0)$で$F(x)$の定数項,つまり$F(x)=\sum_{n=0}^{\infty} a_nx^n$ならば$F(0)=a_0$と定義する(代入ではないことに注意する).
定理 12.2
$F(x)$を形式的冪級数とする.このとき,$F(x)$が逆元を持つ必要十分条件は$F(0) \neq 0$を満たすことである.さらに,逆元は存在すれば一意に定まる.
証明
$F(x)=\sum_{n=0}^{\infty} a_nx^n$とする.

$(\Rightarrow)$ $F(x)$の逆元を$G(x)=\sum_{n=0}^{\infty} b_n x^n$とする.さらに,\[F(x) \cdot G(x)=\left(\sum_{n=0}^{\infty}a_nx^n\right)\cdot\left(\sum_{n=0}^{\infty}b_nx^n\right)=\sum_{n=0}^{\infty}c_n x^n \] としたとき,$F(x) \cdot G(x)=1$から $c_0=1=a_0b_0$,よって$F(0)=a_0 \neq 0$が従う.特に,$b_0=\frac{1}{a_0}$であることに注意する. 同様に, $n \geq 1$に対し, \[ c_n=0=\sum_{i=0}^n a_i b_{n-i} \] となることから,
$\displaystyle b_n=-\frac{1}{a_0} \sum_{i=1}^n a_i b_{n-i} $
(5)
が得られる.すると,$b_0$から$b_1$が決まり,次に$b_2$が決まり,次に$b_3$が決まり$\ldots$と数列$\{b_n\}_{n=0}^{\infty}$,つまり$G(x)$が形式的冪級数$F(x)$から一意に決まることがわかる.よって逆元は存在すれば一意である.

$(\Leftarrow)$ $F(0)=a_0 \neq 0$を仮定する.$b_0=\frac{1}{a_0}$とおき,さらに$n \geq 1$に対し$b_1,b_2,\ldots$を等式(5)で定義し,数列$\{b_n\}_{n=0}^{\infty}$を係数とする形式的冪級数$G(x)=\sum_{n=0}^{\infty} b_n x^n$を考えると,$F(x) \cdot G(x)=1$となる.つまり$F(x)$は逆元$G(x)$を持つ.
形式的冪級数$F(x)$が逆元$G(x)$を持つとき, \[ F(x)^{-1}=\frac{1}{F(x)}=G(x) \] と表記することにする.例えば,例12.1から \[ (1-x)^{-1}=\frac{1}{1-x}=1+x+x^2+\cdots \] である. $\dfrac{1}{1-x}$を関数として見たとき,解析学ではマクローリン展開を用いることで$|x| \lt 1$の場合にこの等式が成り立つ.しかし,形式的冪級数では$x$に数値的な意味はないので,逆元の定義に則り,いつでもこのように表記する.
補題 12.3
ゼロでない実数$a$に対し,形式的冪級数$F(x)=a-x$の逆元は \[ \frac{1}{a-x}=\sum_{n=0}^{\infty} \frac{1}{a^{n+1}} x^n \] である.
証明
$F(0)=a \neq 0$なので,$F(x)$は逆元を持つ. $F(x)^{-1}=\sum_{n=0}^{\infty} b_n x^n$とする. このとき, \[ F(x) \cdot F(x)^{-1}=(a-x)\cdot (b_0+b_1x +b_2 x^2 + \cdots)=1 \] を展開し,次数が低いところから両辺を比較すると, $a b_0=1, -b_0+a b_1=0, -b_1 +a b_2=0,\ldots$が成り立ち,$b_0=\dfrac{1}{a}, b_1=\dfrac{1}{a^2},\ldots$がわかる.よって$F(x)^{-1}=\dfrac{1}{a}+\dfrac{1}{a^2}x+\dfrac{1}{a^3}x^2+\cdots$である.
形式的冪級数の理論を用いて,有名な数列の一般項を求める. 数列$\{F_n\}_{n=0}^{\infty}$を$F_0=F_1=1$かつ$n \geq 2$に対して,$F_n=F_{n-1}+F_{n-2}$で定義する.この数列をフィボナッチ数列と呼ぶ.
定理 12.4
フィボナッチ数列の一般項は \[ F_n=\frac{1}{\sqrt{5}}\left( \left( \frac{1+\sqrt{5}}{2} \right)^{n+1} -\left( \frac{1-\sqrt{5}}{2} \right)^{n+1} \right) \] である.
証明
フィボナッチ数列の母関数 \[ A(x)=\sum_{n=0}^{\infty} F_n x^n \] を考える.漸化式を代入することで \begin{align*} A(x)&=\sum_{n=0}^{\infty} F_n x^n=F_0+F_1 x +\sum_{n=2}^{\infty} F_n x^n=F_0+F_1 x +\sum_{n=2}^{\infty} (F_{n-1}+F_{n-2}) x^n\\ &=F_0+F_1 x +\sum_{n=2}^{\infty} F_{n-1} x^n +\sum_{n=2}^{\infty}F_{n-2} x^n=F_0+F_1 x +x\sum_{n=2}^{\infty} F_{n-1} x^{n-1} +x^2\sum_{n=2}^{\infty}F_{n-2} x^{n-2}\\ &=F_0+F_1 x +x\sum_{n=1}^{\infty} F_{n} x^{n} +x^2\sum_{n=0}^{\infty}F_{n} x^{n} =F_0+F_1 x +x(A(x)-F_0) +x^2A(x), \end{align*} つまり, \[ A(x)=1 +xA(x) +x^2A(x) \] が成り立つ.すると \[ (1-x-x^2)\cdot A(x)=1 \] であるので,$A(x)$は$1-x-x^2$の逆元である.つまり$A(x)=\frac{1}{1-x-x^2}$である.$\frac{1}{1-x-x^2}$を具体的に求めるために,$1-x-x^2=0$の異なる2つの実数解を$\alpha=\frac{-1+\sqrt{5}}{2},\beta=\frac{-1-\sqrt{5}}{2}$とすると, \[ \frac{1}{1-x-x^2}=\frac{1}{\sqrt{5}}\left(\frac{1}{\beta-x}-\frac{1}{\alpha-x} \right) \] と部分分数分解できる.すると補題12.3より, \begin{align*} \frac{1}{1-x-x^2}&=\frac{1}{\sqrt{5}}\left( \left(\frac{1}{\beta}+\frac{1}{\beta^2} x + \frac{1}{\beta^3} x^2+\cdots\right)-\left(\frac{1}{\alpha}+\frac{1}{\alpha^2} x + \frac{1}{\alpha^3} x^2+\cdots\right)\right)\\ &=\frac{1}{\sqrt{5}}\left( \left(\frac{1}{\beta}-\frac{1}{\alpha}\right)+\left(\frac{1}{\beta^2}-\frac{1}{\alpha^2}\right)x + \left(\frac{1}{\beta^3}-\frac{1}{\alpha^3}\right)x^2+\cdots \right)=A(x) \end{align*} である.有理化すると$\frac{1}{\beta}=\frac{1+\sqrt{5}} {2}$と$\frac{1}{\alpha}=\frac{1-\sqrt{5}} {2}$であるので, \[ F_n=\frac{1}{\sqrt{5}}\left( \frac{1}{\beta^{n+1}} - \frac{1}{\alpha^{n+1}} \right)=\frac{1}{\sqrt{5}}\left( \left( \frac{1+\sqrt{5}}{2} \right)^{n+1} -\left( \frac{1-\sqrt{5}}{2} \right)^{n+1} \right) \] が得られる.