情報代数学

1.1:群の復習

まず半群,モノイド,群,アーベル群の定義を復習しよう.
定義 1.1.1
$G$を空ではない集合,$\circ$を$G$上の演算とする.次の4つの性質を考える:
  • (結合律)任意の$a,b,c$に対し,$(a\circ b) \circ c =a\circ(b\circ c)$が成り立つ.

  • (単位元の存在)ある元$e \in G$が存在して,任意の$a \in G$に対して$a \circ e = e \circ a=a$を満たすものが存在する.このとき$e$を$G$の$\circ$に関する単位元という.

  • (逆元の存在) 任意の$a \in G$に対して,$a \circ h=h \circ a = e$を満たす$h \in G$が存在する.このとき,$h$を$a$の$\circ$に関する逆元という.また$a$の逆元を$a^{-1}$と書く.

  • (交換律)任意の$a,b \in G$に対し$a \circ b= b \circ a$が成り立つ.

  • $(G,\circ)$が半群 (semigroup)であるとは(G1)を満たすときをいう.
  • $(G,\circ)$がモノイド (monoid)であるとは(G1)と(G2)を満たすときをいう.
  • $(G,\circ)$が (group)であるとは(G1)と(G2)と(G3)を満たすときをいう.
  • $(G,\circ)$がアーベル群 (abelian group)または加法群 (additive group)であるとは(G1)と(G2)と(G3)と(G4)を満たすときをいう.
演算が文脈から明らかなときは$(G, \circ)$を単に$G$と書いて半群,モノイド,群,アーベル群とみなす.
例えば,$(\mathbb{N},+)$は半群であるがモノイドではない.$(\mathbb{Z}_{\geq 0},+)$はモノイドであるが群ではない.$(\mathbb{Z},+)$は(アーベル)群である. この3つの違いはなんであろうか.はじめに説明した通り,(アーベル)群は「足し算」と「引き算」ができる集合である.$\mathbb{N}$や$\mathbb{Z}_{\geq 0}$では$3-4=-1$のように,引き算をすると集合からはみ出る可能性がある.この意味で,$\mathbb{N}$や$\mathbb{Z}_{\geq 0}$では引き算ができない.しかし,$\mathbb{Z}$ではこの問題が解消される.これが$\mathbb{Z}$だけが群になる理由である.群の定義に戻ると「引き算ができる」というのは条件(G3)に他ならない.
補足 1.1.2
(1) 群の演算は基本的に「積」または「乗法」と呼ぶ.また$a \circ b$を単に$ab$と書くこともある.さらに$n \in \mathbb{Z}$に対し \[a^n=\begin{cases}\underbrace{a \circ a \circ \cdots \circ a}_{n個} & (n > 0)\\ e & (n=0)\\ \underbrace{a^{-1} \circ a^{-1} \circ \cdots \circ a^{-1}}_{-n個} & (n \lt 0) \end{cases}\]と表記する.このとき,任意の整数$n,m$に対し \begin{align*} a^{n} \circ a^{m}=a^{n+m}\\ a^{nm}=(a^n)^m \end{align*} が成り立つことは簡単に証明できる. ただし, \[ (a\circ b)^n = a^n \circ b^n \] は一般に成り立たないことに注意する($a\circ b=b \circ a$とは限らないから). (2) $(G,\circ)$がアーベル群のとき,演算の記号は$+$を使うことが多い.この場合,演算は「和」または「加法」と呼ぶ.また単位元は$0$と表し,$a \in G$に対する逆元は$-a$と表記する.さらに,演算「$-$」を \[a-b:=a+(-b)\] と定義することで,「引き算」が定義できる.引き算は(G3)が成り立てば定義できるが,「引き算」というときは基本アーベル群,つまり(G4)まで仮定する. (3) 「引き算」を定義することのメリットは方程式の移項ができることである.つまり,$(G,+)$がアーベル群であるとき,任意の$a,b,c \in G$に対し,$a+c=b$ならば$a=b-c$が成り立つ.
単位元に関する重要な性質を復習する.
命題 1.1.3
  • $(G,\circ)$を単位元が$e$であるモノイドとする.$a,b \in G$が$a \circ b =a$ (または $b \circ a =b$)を満たすとする.このとき,$b=e$ (または $a=e$)である.特に,$G$の単位元は一意である.
  • $(G,\circ)$を群とする.$a,b \in G$が$a \circ b=e $を満たすとする.このとき,$b=a^{-1}$かつ$a=b^{-1}$である.特に,任意の$a \in G$に対し,逆元は一意的である.
証明
(1) $a \circ b =a$の両辺に左から$a^{-1}$を掛けると, \[ b=e \circ b=a^{-1} \circ a \circ b= a^{-1} \circ a=e \] である.$b \circ a =b$の場合は右から$b^{-1}$を掛けると$a=e$が従う. (2) $a \circ b =e$の両辺の左から$a^{-1}$を掛けると$b=a^{-1}$が従い,右から$b^{-1}$を掛けると$a=b^{-1}$が従う.