情報代数学

1.5:整域と体

次に環の中でもより良い構造を持つ環を定義する. 整数環$\mathbb{Z}$の場合,$ab =0$ならいつでも$a=0$または$b=0$が成り立つ.しかし,一般の環ではこの性質が成り立たない場合がある.つまり,$ab=0$であるが,$a=0$でも$b=0$でもないことが起こり得るのである.
定義 1.5.1
$R \neq 0$を可換環とする.元$a \neq 0$が零因子 (zero divisor)であるとは,$ax=0$を満たす元$x \in R \setminus \{0\}$が存在するときにいう.
例 1.5.2
例 1.2.5で定義した環 $R=\mathbb{R} \times \mathbb{R}$を考える.ここで$R$の演算は \begin{align*} (a,b) + (c,d)=(a+c,b+d)\\ (a,b) \cdot (c,d)=(a \cdot c, a\cdot d+b\cdot c) \end{align*} で定義される.この環の零元は$(0,0)$である. このとき, \[ (0,1) \cdot (0,1) = (0 \cdot 0, 0 \cdot 1 +_R 1 \cdot 0)=(0,0) \] が成り立つので,$(0,1)$は$R$の零因子であることがわかる.
零因子を持たない環は良い性質を持つことがあるので,そのような環に名前を付けよう.
定義 1.5.3
可換環$R \neq 0$が整域 (integral domain)であるとは,零因子を持たない,つまり任意の$a,b \in R$に対し,$ab=0$ならば$a=0$または$b=0$が成り立つときにいう.対偶を考えると,$a \neq 0$かつ$b \neq 0$ならばいつでも$ab \neq 0$となることと同値である.
整数環は整域である. 一方,先ほどの例 1.5.2の$R$は零因子を持ったので,整域ではない. 整域の例をもう1つ見る.
例 1.5.4
ガウス整数環$\mathbb{Z}[\sqrt{-1}]$は整域である.実際,$x=a+b\sqrt{-1},y=c+d\sqrt{-1} \in \mathbb{Z}[\sqrt{-1}]$に対し,$xy=0$が成り立つとする.ただし,$a,b,c,d \in \mathbb{Z}$である.$x=0$または$y=0$を示す.そのために,$x \neq 0$としてよい. \[ xy=(ac-bd)+(ad+bc)\sqrt{-1} \] なので,$ac-bd=0$かつ$ad+bc=0$が成り立つ. 1つ目の式の両辺に$a$をかけて,$ad=-bc$を代入すると \[ a(ac-bd)=a^2c-abd=a^2c + b^2c=c(a^2+b^2)=0 \] となる. ここで$x \neq 0$より$a^2+b^2 \neq 0$が成り立つので$c=0$が従う.すると$bd=ad=0$が成り立つ.$d \neq 0$ならば$a=b=0$となり,これは$x \neq 0$に矛盾する.よって$d=0$である.以上より,$y =0$が従うので,$\mathbb{Z}[\sqrt{-1}]$は整域である.
整域に関する重要な性質を一つ証明する.
命題 1.5.5 (簡約律)
$R$を整域とし$a,b \in R$と$c \in R \setminus\{0\}$をとる.このとき,$ac=bc$ならば$a=b$が成り立つ.
証明
$ac=bc$から移項と分配則により$(a-b)c=0$が成り立つ. すると$R$が整域なので$a-b=0$または$c=0$が成り立つ.しかし,$c \neq 0$なので,$a-b=0$,つまり$a=b$が従う.
この命題の性質(簡約律)は「割り算」ができれば直ちに成り立つが,一般に整域では「割り算」を定義することができない.例えば,整数環において,$4 \div 3\notin \mathbb{Z}$である.ここから「割り算」の定義について考える.「引き算」の定義を思い出すと,これは加法に関する逆元を足すことで定義されていた.同様に,「割り算」は乗法に関する逆元を掛けることで定義されると考えられるが,環の定義では,乗法に関する逆元の存在を保証していない.実際,零元は乗法に関する逆元を必ず持たない.これは環$R \neq 0$と任意の$a \in R$に対して, \[ 0 \cdot a = a\cdot 0 =0 \neq 1 \] が成り立つからである.そこで「割り算」を定義する際は零元を除いて考える.
定義 1.5.6
$R \neq 0$を可換環とする.
  • $a \in R$に対し,$ab=1$を満たす$b \in R$が存在するとき,$a$を$R$の単元 (unit)または可逆元 (invertible element)という.このとき,$b$を$a$の乗法に関する逆元といい,$a^{-1}$と書く.さらに$R$の単元全体の集合を$R^{\times}$で表す.

  • $0$以外の全ての元が単元,つまり$R^{\times}=R\setminus\{0\}$となる環を (field)という.

補足 1.5.7
$R$が体であるとき,$a \in R$と$b \in R \setminus \{0\}$に対し, \[ a \div b:=a \cdot b^{-1} \] と書くことで,割り算は定義される.つまり,体とは「足し算・引き算・掛け算・割り算」の四則演算が定義される集合ということになる.
有理数全体の集合$\mathbb{Q}$,実数全体の集合$\mathbb{R}$,複素数の集合$\mathbb{C}$は通常の加法と乗法に関して体となる.これらはそれぞれ有理数体実数体複素数体と呼ばれる.
例 1.5.8
整数環$\mathbb{Z}$を考える.このとき,$\mathbb{Z}^{\times}=\{\pm 1\}$であるので,$\mathbb{Z}^{\times} \neq \mathbb{Z} \setminus \{0\}$となる.よって$\mathbb{Z}$は体ではない.
さてここまでで,整域と体という2つの特別な可換環を考えたが,実はこの2つには次のような関係がある.
定理 1.5.9
体は整域である.
証明
$R$を体とする.任意の$a,b \in R$で$ab=0$を満たすものをとる. このとき,$a = 0$または$b=0$となることを示せばよい.$a \neq 0$と仮定してよい.$R$は体であるので,$a \in R \setminus \{0\} = R^{\times}$,つまり,$a$は単元である.よって,$a^{-1} \in R$が存在する.$ab=0$の両辺に$a^{-1}$をかけると$b=0$が従う.以上より,$R$が整域であることがわかった.
整数環は整域だが体ではなかった.つまり,この定理の逆は一般には成り立たない. しかし,集合が有限集合であれば逆が成り立つ.
定理 1.5.10
$R$を整域とする.このとき,$R$が有限集合であれば,$R$は体である.
証明
零元でない任意の元$a \in R$をとる.今,写像$f:R\to R$を$f(x)=ax$で定義する.この写像が単射であることを示す.任意の$x,y \in R$で$f(x)=f(y)$となるものをとる.すると$ax=ay$となる.$a \neq 0$であるので簡約律から$x=y$が従う.よって$f$は単射である.すると$R$が有限集合であるので,$f$が全単射となることがわかる(補足 1.5.11参照).よって$f(x)=ax=1$を満たす元$x \in R$が存在する.つまり,$a$は単元である.よって$R^{\times}=R\setminus \{0\}$が従うので,$R$は体である.
補足 1.5.11
証明では次の事実を使っている.有限集合$A,B$と写像$f : A \to B$に対し,次は同値:
  • $f$は全単射である.
  • $f$は単射かつ$|A| \geq |B|$である.
  • $f$は全射かつ$|A| \leq |B|$である.
$\mathbb{Z}$は$\mathbb{Q}$の部分環であった.このとき,$\mathbb{Q}$は体であるが,$\mathbb{Z}$は体ではない.つまり,一般に体の部分環は体ではない.しかし,これは整域の場合,その性質は部分環に引き継がれる.
命題 1.5.12
$R$を整域とする.このとき零環ではない$R$の任意の部分環は整域である.
証明
$S$を$R$の零環ではない部分環とする.任意の零元ではない$0 \neq x,y \in S$をとる.$R$は整域なので$xy \neq 0$が従う.$R$と$S$の零元は一致するので,これは$S$の中でも成り立つ.よって$S$は零因子を持たない,すなわち整域である.
したがって,先ほど,ガウス整数環$\mathbb{Z}[\sqrt{-1}]$が整域であることを定義に則って示したが,$\mathbb{C}$の部分環であることからこれは直ちに従う.