1.6:多項式環
例 1.2.4では整数係数の多項式環を考えたが,より一般に係数としてある可換環の元を考えることができる. 可換環$R$に対して,$x$を変数とする$R$係数の多項式とは,ある非負整数$d \in \mathbb{Z}_{\geq 0}$と元$a_0,a_1,\ldots,a_d \in R$を用いて \[ \sum^d_{i=0}a_i x^i=a_0+a_1x +\cdots +a_d x^d \] と表されるものをいう. $R$係数多項式全体の集合を$R[x]$で表す. また$R[x]$に加法$+$と乗法$\cdot$を以下で定義する:2つの多項式$\sum^d_{i=0}a_i x^i,\sum^e_{i=0}b_i x^i \in R[x]$に対し, \begin{align*} \left(\sum^d_{i=0}a_i x^i\right)+\left(\sum^e_{i=0}b_i x^i\right)=\sum^{\max\{d,e\}}_{i=0} (a_i+b_i)x^i,\\ \left(\sum^d_{i=0}a_i x^i\right) \cdot \left(\sum^e_{i=0}b_i x^i\right)=\sum^{d+e}_{k=0}\left( \sum_{i+j=k} a_ib_j \right)x^k, \end{align*} ただし,定義されていない$a_i,b_i$は$0$とする.命題 1.6.1
上記の演算により$R[x]$は零元を$0_R$,単位元を$1_R$とする可換環となる.$R[x]$を$R$上の(1変数)多項式環という.
証明
演習問題とする.
通常の場合と同様に多項式の次数を定義する.
定義 1.6.2
$0$でない多項式$f=\sum^d_{i=0} a_i x^i \in R[x]$に対し,$a_i \neq 0$となる最大の整数$i$を$f$の次数といい,$\deg(f)$で表す.また便宜上$\deg(0)=-\infty$とする.すると定義から$\deg(f) \geq 0 \iff f \neq 0$となる.
多項式環の重要な性質としてもとの$R$が整域であれば,その多項式環も整域になることである.
定理 1.6.3
$R$を整域とする.
- $f,g \in R[x]$に対し,$\deg(fg)=\deg(f)+\deg(g)$である.
- $R[x]$は整域である.
証明
(1) $f =0$または$g=0$ならば両辺はともに$-\infty$となるので主張が成り立つ.$f \neq 0$かつ$g \neq 0$を仮定し,$n=\deg(f),m=\deg(g)$とする.$f=\sum^{n}_{i=0}a_i x^i, g=\sum^{m}_{i=0} b_i x^i$と表すと,$a_n,b_m \neq 0$である.すると
\[
fg=(a_nb_m)x^{n+m}+(n+m-1次以下の多項式)
\]
であり,$R$は整域であるので,$a_n b_m \neq 0$が成り立つ.よって$\deg(fg)=n+m=\deg(f)+\deg(g)$が従う.
(2) $0$でない2つの多項式$f,g \in R[x]$をとる.このとき,$fg \neq 0$が言えれば主張が従う. $\deg(f),\deg(g) \geq 0$と(1)より \[ \deg(fg)=\deg(f)+\deg(g) \geq 0 + 0 =0. \] よって$fg \neq 0$となる.
多変数の多項式環も$1$変数の場合と同様に定義できる.$x_1,\ldots,x_n$を変数とする可換環$R$上の$n$変数多項式環を$R[x_1,\ldots,x_n]$とする.一方で$R[x_1,\ldots,x_n]$は次のように定義することができる.まず$1$変数多項式環$R[x_1]$を考える.そしてこの可換環$R[x_1]$上の$1$変数多項式環$(R[x_1])[x_2]$を考える.すると$R[x_1,x_2]$の演算(和と積)の結果は$(R[x_1])[x_2]$の演算の結果と一致している.実際,$R[x_1,x_2]$の演算は$x_1$と$x_2$を同時に考え,$(R[x_1])[x_2]$の演算は$x_2$をまず考え,続いて$x_1$を考えるが,結果として得られる多項式や演算が一致するため,$R[x_1,x_2] = (R[x_1])[x_2]$ と同一視してよい.これを続けることで$R[x_1,\ldots,x_n]$は
\[
R[x_1,\ldots,x_n]=(R[x_1,\ldots,x_{n-1}])(x_n)
\]
として定義することができる.この定義の利点は帰納法が使いやすいところである.実際,定理 1.6.3から次の系が得られる.
(2) $0$でない2つの多項式$f,g \in R[x]$をとる.このとき,$fg \neq 0$が言えれば主張が従う. $\deg(f),\deg(g) \geq 0$と(1)より \[ \deg(fg)=\deg(f)+\deg(g) \geq 0 + 0 =0. \] よって$fg \neq 0$となる.
系 1.6.4
$R$を整域とする.このとき,$R[x_1,\ldots,x_n]$は整域である.