2.2:剰余環
情報数理Cで学習した剰余類$\mathbb{Z}/m\mathbb{Z}$を思い出す. $m$を自然数とする. 2つの整数$x,y \in \mathbb{Z}$に対して,二項関係$\equiv_m$を \[ x \equiv_m y \overset{\rm def}{\iff} x-y \in m\mathbb{Z} \] で定義する. 整数$a$に対し,$x \equiv_m a$を満たす整数全体の集合を$a+m\mathbb{Z}$で表し,法$m$に関する$a$の剰余類という.つまり, \[ a+m\mathbb{Z}:=\{ x \in \mathbb{Z} : x \equiv_m a\} \subset \mathbb{Z} \] である.ここで$0+m\mathbb{Z}$は$m\mathbb{Z}$のことである.文脈から$m$が明らかな場合は,$\overline{a}$と書くことが多い.つまり,$\overline{a}=a+m\mathbb{Z}$である.また剰余類全体の集合を$\mathbb{Z}/m\mathbb{Z}$と書く.つまり, \[ \mathbb{Z}/m\mathbb{Z}=\{ \overline{a} : a\in \mathbb{Z}\} \] である.このとき, \[ \mathbb{Z}/m\mathbb{Z}=\{ \overline{0},\overline{1},\ldots,\overline{m-1}\} \] である.特に,$|\mathbb{Z}/m\mathbb{Z}|=m$である. この剰余類$\mathbb{Z}/m\mathbb{Z}$は「余りの世界」であった.また$m$を$2$以上の自然数とし,$\mathbb{Z}/m\mathbb{Z}$上の演算$+$を$+:$
$\mathbb{Z}/m\mathbb{Z} \times \mathbb{Z}/m\mathbb{Z} $
$\longrightarrow$
$\mathbb{Z}/m\mathbb{Z}$
$\in$
$\in$
$(\overline{a},\overline{b})$
$\longmapsto$
$\overline{a}+\overline{b}:=\overline{a+_{\mathbb{Z}}b}$
$\cdot:$
$\mathbb{Z}/m\mathbb{Z} \times \mathbb{Z}/m\mathbb{Z} $
$\longrightarrow$
$\mathbb{Z}/m\mathbb{Z}$
$\in$
$\in$
$(\overline{a},\overline{b})$
$\longmapsto$
$\overline{a} \cdot \overline{b}:=\overline{a \cdot_{\mathbb{Z}} b}$
命題 2.2.1
$\sim_I$は$R$上の同値関係である.
証明
(反射律)任意の$x \in R$に対し$x-x=0 \in I$なので,$x \sim_I x$である.
(対称律)任意の$x,y \in R$で$x \sim_I y$となるものをとる.このとき,$x-y \in I$なので,
\[
y-x=-(x-y)=(-1) (x-y) \in I
\]
が従い,$y \sim_I x$が成り立つ.
(推移律)任意の$x,y,z \in R$で$x \sim_I y, y \sim_I z$となるものとる.このとき,$x-y,y-z \in I$なので,
\[
x-z=(x-y)+(y-z) \in I
\]
が従い,$x \sim_I z$が成り立つ.
以上より$\sim_I$は同値関係である.
$R$の$\sim_I$に関する商集合を$R/{\sim_I}$の代わりに$R/I$と書く.また$x \in R$に対し,$x$の$\sim_I$に関する同値類を$x+I$または$\overline{x}$で表す.つまり,$x+I=\overline{x}=\{y \in R : x \sim_I y\}$であり,
\[
R/I=\{ x+I : x \in R\}
\]
である.
今,$R/I$上に加法と乗法を
\begin{align*}
(x+I)+(y+I):=(x+_R y)+I, \\
(x+I) \cdot (y+I):=(x\cdot_R y) +I
\end{align*}
で定義する.ここで$+_R,\cdot_R$は$R$の加法と乗法である.以降は単に$+$と$\cdot$で書く.
命題 2.2.2
$R/I$上の演算$+$と$\cdot$はともにwell-definedであり,この演算により$R/I$は零元$0+I$,単位元を$1+I$とする可換環となる.
証明
(well-defined性)
$x+I=x'+I, y+I=y'+I$となる任意の$R/I$の元をとる.これは$x-x',y-y' \in I$を意味する.$+$に関して示したいことは$(x+y)+I=(x'+y')+I$である.これは$(x+y)-(x'+y') \in I$を示せばよいが,$(x+y)-(x'+y') =(x-x')+(y-y')$と$I$がイデアルであることから従う.よって$+$はwell-definedである.
同様に$\cdot$に関して示したいことは$(xy)+I=(x'y')+I$である.これは$xy-x'y' \in I$を示せばよいが,$xy-x'y' =x(y-y')+y'(x-x')$と$I$がイデアルであることから従う.よって$\cdot$はwell-definedである.
$(R/I,+,\cdot)$が可換環であることの証明は演習問題とする.
$R/I$ は,$R$の元を「$I$の違いを無視して」見たときの世界を表している.特に,$x,y \in R$ が $x - y \in I$ を満たすなら,$x$ と $y$ は「$R/I$ の中で同じもの」として扱う.
このようにして得られる$R/I$の元が剰余類であり,それらをもとにした環構造が剰余環である.
例えば,
$R = \mathbb{Q}[x], I = \langle x^2+1 \rangle$とすると,$R/I$ は「$x^2 + 1 = 0$ が成り立つと仮定した世界」での可換環である.つまり,この環の中では,$x^3$は$x^3=(x^2+1)x-x$なので,$-x$と思うことができる(実際は,$\overline{x^3}=\overline{-x}$).