情報代数学

2.3:素イデアルと極大イデアル

イデアルと剰余環は密接な関係をもち,互いにその構造を反映し合っている.つまり,イデアルの性質を調べれば剰余環の構造がわかり,逆に,剰余環を調べることでイデアルの性質も明らかになる. 本節では,この関係性を「剰余環が整域あるいは体になるのはどのようなときか」を通して見ていく.そのために素イデアルという概念を導入する.
定義 2.3.1
$R$を可換環とし,$I \subsetneq R$を$R$のイデアルとする.$I$が素イデアル (prime ideal)であるとは,任意の$a,b \in I$に対し,$ab \in I$ならば$a \in I$または$b \in I$が成り立つときにいう.対偶を考えると,$a \notin I$かつ$b \notin I$ならばいつでも$ab \notin I$となることと同値である.
例 2.3.2
整数環$\mathbb{Z}$とイデアル$2\mathbb{Z}$を考える.ここで$2\mathbb{Z} \subsetneq \mathbb{Z}$に注意する.もし$a$と$b$がともに奇数ならば,$ab$も奇数である.つまり$a,b \notin 2\mathbb{Z}$ならば$ab \notin 2\mathbb{Z}$が成り立つので,$2\mathbb{Z}$は素イデアルである. またイデアル$\{0\}$を考えると,$\mathbb{Z}$は整域なので,$ab=0$であれば$a=0$または$b=0$が成り立つので$\{0\}$は素イデアルである. 一方,イデアル$6\mathbb{Z}$を考えると,$2 \cdot 3 = 6 \in 6\mathbb{Z}$であるが,$2,3 \notin 6\mathbb{Z}$であるので,$6\mathbb{Z}$は素イデアルではない.あとで見るが$n\mathbb{Z}$が素イデアルである必要十分条件は$n$が素数になることである.
素イデアルの定義を見ると,整域の定義に似ていることに気づくであろう.実際,剰余環を考えると素イデアルは整域に対応している.
定理 2.3.3
$R$を可換環,$I \subsetneq R$を$R$のイデアルとする. このとき,$I$が素イデアルであることと$R/I$が整域であることは同値である.
証明
($\Rightarrow$)$I$が素イデアルであると仮定する.任意の$ab +I=0+I$となる任意の$ab +I \in R/I$をとる.これは$ab-0=ab \in I$を意味する.$I$は素イデアルであるので,$a \in I$または$b \in I$が成り立つ.そこで$a \in I$としてもよい.すると$a+I=0+I$が成り立ち$R/I$が整域であることが従う.
($\Leftarrow$)$I$が素イデアルでないと仮定する.すると$ab \in I$であるが,$a \in I$でも$b \in I$でもない元$a,b \in R$が存在する.これは,$ab+I=0+I$であるが,$a+I = 0+I$でも$b+I = 0+I$でもないことを意味する.したがって$R/I$が整域でないことがわかる.
次に極大イデアルの概念を導入する.
定義 2.3.4
$R$を可換環とし,$I \subsetneq R$を$R$のイデアルとする.$I$が極大イデアル (maximal ideal)であるとは,$I$を真に含むイデアルが$R$だけのときにいう.つまり,$J$が$I \subsetneq J \subset R$ならば$J=R$である.
例 2.3.5
整数環$\mathbb{Z}$とイデアル$2\mathbb{Z}$を考える.$2 \mathbb{Z} \subsetneq J \subset \mathbb{Z}$を満たすイデアル$J$をとると,$2k+1 \in J$を満たす整数$k$が存在する.すると$(2k+1)+(-2k)=1 \in J$となるので,$J=R$が従う.よって$2\mathbb{Z}$は極大イデアルである.一方,$\{0\}$や$6\mathbb{Z}$は$\{0\} \subsetneq 6\mathbb{Z} \subsetneq 2\mathbb{Z} \subsetneq \mathbb{Z}$となるイデアルの列が存在するので,極大イデアルではない.
ここまでで
  • 極大イデアルかつ素イデアルの例($2\mathbb{Z}$),
  • 極大イデアルではないが素イデアルである例($\{0\}$),
  • 極大イデアルでも素イデアルでもない例($6\mathbb{Z}$)
が存在したが,極大イデアルであるが素イデアルではない例は存在するのであろうか.実は極大イデアルであればいつでも素イデアルである.
定理 2.3.6
$R$を可換環とし,$I \subsetneq R$を$R$のイデアルとする.このとき,$I$が極大イデアルであれば,$I$は素イデアルである.
証明
$ab \in I$を満たす任意の$a,b \in R$をとる.$a \notin I$のとき,$J=\langle a \rangle +I$とおくと$J$は$I$と$a$の両方を含むイデアルなので,$I \subsetneq J$である.ここで,$I$は極大イデアルであったので,$J=R$でなくてはいけない.すると$1 \in R=J=\langle a \rangle +I$より,ある$x \in R$と$y \in I$を使って$1=ax+y$と書ける.両辺に$b$を掛けると$b=abx+by$となるが,$ab, y \in I$より$b \in I$が従う.よって$I$は素イデアルである.
極大イデアルも素イデアルと同様で剰余環を使って判定できる.
定理 2.3.7
$R$を可換環,$I \subsetneq R$を$R$のイデアルとする.このとき,$I$が極大イデアルであることと,$R/I$が体であることは同値である.
証明
($\Rightarrow$)$I$を極大イデアルとする.$a+I \neq 0 +I$を満たす任意の$a+I \in R/I$をとる.すると$a \notin I$なので,定理 2.3.6の証明から,ある$x \in R$と$y \in I$を使って$1=ax+y$と書ける.すると \[ 1+I=(ax+y)+I=(a+I)(x+I)+(y+I)=(a+I)(x+I)+(0+I)=(a+I)(x+I) \] となるので,$a+I$は単元である.つまり,$(R/I)^{\times}=(R/I)\setminus \{0+I\}$であるので$R/I$は体である.

($\Leftarrow$)$I \subsetneq J$となるイデアル$J$をとる.このとき,$x \in J \setminus I$が存在する.$x \notin I$より$x+I \neq 0+I$である.$A/I$は体であるので,$(x+I)(y+I)=(1+I)$となる$y+I \in A/I$が存在する.このとき,$1+I=xy+I$なので,$1-xy \in I \subset J$である.また$x \in J$より$(1-xy)+xy =1 \in J$となるので$J=R$.したがって$I$は極大イデアルである.
このように剰余環の性質を調べるには,イデアルの性質を見ればいいことがわかる. この関係性を元に,$\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$がいつ整域や体になるかを考える.
定理 2.3.8
$n$を$2$以上の自然数とする.このとき以下は同値である.
  • $n$は素数である.

  • $\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$は体である.

  • $\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$は整域である.

この定理の証明のために,$n\mathbb{Z}$がいつ素イデアルや極大イデアルになるかを考える.
補題 2.3.9
$n$を$2$以上の自然数とする.
  • $n$が素数であれば$n\mathbb{Z}$は極大イデアル,特に素イデアルである.

  • $n$が合成数であれば,$n\mathbb{Z}$は素イデアルではない.特に,極大イデアルではない.

証明
(1) $n\mathbb{Z} \subsetneq \mathbb{Z}$に注意する. $n\mathbb{Z} \subsetneq J \subset \mathbb{Z}$となるイデアル$J$を考える.このとき$x \in J \setminus n\mathbb{Z}$が存在する.$n$は素数なので$\gcd(x,n)=1$,よってある整数$a,b$を使って$1=ax+bn$と書ける.$x, n \in J$より$1=ax+bn \in J$である.よって$J=\mathbb{Z}$なので$n\mathbb{Z}$は極大イデアルである.
(2) 仮定より$2$以上の整数$a,b$を使って$n=ab$と書ける.このとき,$ab \in n\mathbb{Z}$であるが,$a \in n\mathbb{Z}$でも$b \in n\mathbb{Z}$でもないので,$n\mathbb{Z}$は素イデアルではない.
それでは定理 2.3.8を証明する.
定理 2.3.8の証明
((1)$\Rightarrow$(2)) $n$を素数とすると,補題 2.3.9の(1)より$n\mathbb{Z}$は極大イデアルである.よって定理 2.3.7より$\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$は体である.
((2)$\Rightarrow$(3)) これは定理 1.5.9である.
((3)$\Rightarrow$(1)) 対偶を考える.$n$を合成数とする.このとき,補題 2.3.9の(2)から$n\mathbb{Z}$は素イデアルではない.よって定理 2.3.3から$\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$は整域ではない.
以上より,(1)〜(3)は同値である.