情報代数学

4.1:ユークリッド整域

まず考える概念は「剰余の定理」,つまり「余りを考慮した割り算」を整域に導入することである.このような割り算の仕組みが備わっている整域をユークリッド整域という.
定義 4.1.1
整域$R$と関数$\delta : R \setminus \{0\} \to \mathbb{Z}_{\geq 0}$が以下の条件を満たすとき,組$(R,\delta)$(または単に$R$)をユークリッド整域といい,関数$\delta$をユークリッド関数という:
元$a \in R$と元$0 \neq b \in R$に対し,元$q,r \in R$で条件
  • $a=bq+r$,

  • $r=0$または$\delta(r) \lt \delta(b)$

を満たすものが存在する.
例 4.1.2
$R=\mathbb{Z}$とし$\delta(x)=|x|$と定義すれば,$\delta$の条件は剰余の定理に他ならない. よってこの関数のもと,$\mathbb{Z}$はユークリッド整域である.
それでは体上の多項式環(例えば$\mathbb{R}[x]$)がユークリッド整域となることを見ていく.これは多項式環に対して剰余の定理が成り立つことを示せばよい.
定理 4.1.3
$R$を体とする.このとき,多項式$f \in R[x]$と多項式$0 \neq g \in R[x]$に対し,多項式$q,r \in R[x]$で条件
  • $f=gq+r$,

  • $\deg(r) \lt\deg (g)$

を満たすものが一意的に存在する.
証明
$g=b_0+b_1 x + \cdots +b_d x^d \in R[x]$とする.ただし,$b_d \neq 0$である.$R$は体であるので,$b_d$は単元である.つまり,$b_d^{-1}$が存在する.
(存在) $f=0$の場合は$r=q=0$とすればよいことに注意する($\deg(0)=-\infty$であった). $\deg(g)=d=0$の場合は$q=b_0^{-1} g$と$r=0$とすれば条件を満たす.$d \geq 1$かつ$f \neq 0$の場合を$e=\deg(f)$に関する帰納法で証明する.
(i) $e \lt d$の場合は$q=0$と$r=g$とすれば条件を満たす.特に,$e=0$のときに成り立つ.
(ii) $e-1$まで正しいと仮定する.(i)より$e \geq d$としてよい.今,$f=a_0+a_1x+\cdots+a_e x^e$と表し, \[ h=f-a_e b_d^{-1} g x^{e-d} \] とおく.このとき,右辺では$x^e$の項が消えるので,$\deg(h) \leq e-1$である.よって帰納法の仮定から\[ h=q_0 g+r_0, \deg(r_0) \lt \deg(g) \] を満たす$q,r \in R[x]$が存在する.このとき, \[ f=h+a_e b_d^{-1} g x^{e-d}=(q_0+a_eb_d^{-1})g+r_0 \] であり,$\deg(r_0) \lt \deg(g)$であったので,$q_0+a_eb_d^{-1},r_0 \in R[x]$は$f$に関して(1)と(2)の条件を満たす.よって$e$のときも成り立つことがわかった.
(一意性)多項式の組$(q,r)$と$(q',r')$が$f$に関して条件(1)と(2)を満たすとする.つまり, \begin{align*} &f=gq+r, \deg(r) \lt \deg(g),\\ &f=gq'+r', \deg(r') \lt\deg(g) \end{align*} が成り立つとする. このとき, \[ (q-q')g=r'-r \] となる.$q-q' \neq 0$と仮定すると, \[ \deg(g) \leq \deg(g)+\deg(q-q') =\deg(g(q-q'))=\deg(r'-r) \leq \max(\deg(r),\deg(r')) \] を得る.これは$\deg(r),\deg(r') \lt \deg(g)$に矛盾する.よって$q-q'=0$,つまり$q=q'$となり,$r=r'$も成り立つ. したがって,一意性が示された.
系 4.1.4
$R$を体とし,関数$\delta:R[x]\setminus\{0\} \to \mathbb{Z}_{\geq 0}$を$\delta(f)=\deg(f)$で定義する.このとき,$(R[x],\delta)$はユークリッド整域である.