情報代数学

4.3:一意分解環

次に素因数分解を整域に導入する.まず素数の概念を拡張しよう.
定義 4.3.1
$R$を整域とする.
  • $a,b \in A$に対し,$a$は$b$を割り切るとは,$c \in A$を用いて$b=ac$と表せるときにいい,$a | b$と表す.
  • $a,b \in R$が同伴であるとは,単元$c \in R^{\times}$を用いて$b=ac$と書けるときにいい,$a \sim b$と表す.
  • $0 \neq a \in R$が素元 (prime element)であるとは,イデアル$\langle a \rangle$が素イデアルとなるときにいう.
  • $0 \neq a \in R$が既約元であるとは,$a = bc$ならば,$b$または$c$が単元となるときにいう.
次の命題を示しておく.
命題 4.3.2
$R$を整域とし,$0 \neq a \in R$をとる.
  • $a$が素元であれば,$a$は既約元である.

  • $a$が単元であれば,$a$は素元ではない.

証明
(1) $a=bc$と書けたとする.このとき,$bc \in \langle a \rangle$であり,$\langle a \rangle$は素イデアルであるので,$b$または$c$は$\langle a \rangle$の元である.$b \in \langle a \rangle$としよう.すると$x \in R$を用いて$b=ax$と書ける. よって \[ a=bc=axc \] となるので,$a(1-xc)=0$が成り立つ.$R$は整域であるので,$a=0$または$1-xc=0$が成り立つが,$a \neq 0$より$1-xc=0$,つまり$xc=1$となる.これは$c$が単元であることを意味するので,$a$は既約元である.
(2) $a$が単元なら,$a^{-1}$が存在して,$1=a \cdot a^{-1} \in \langle a\rangle$であり,$\langle a \rangle = R$となるので,$\langle a \rangle$は素イデアルではない.よって$a$は素元ではない.
ここで既約元であるが素元ではない例を見ていこう.
例 4.3.3
$\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]:=\{ a+b\sqrt{-5i} : a,b \in \mathbb{Z}\}$を考える.これはガウス整数環と同様で$\mathbb{C}$の部分環である.$\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]$において,$2$が既約元であるが素元でないことを見る. 素元でないことは, \[ 6 = (1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5}) \in \langle 2 \rangle \] かつ$1\pm \sqrt{-5} \notin \langle 2 \rangle$であることからわかる. $2$が既約元であることを見ていこう. \[2=(a+b\sqrt{-5})(c+d\sqrt{-5})\]と書けたとし,$(a+b\sqrt{-5})(c+d\sqrt{-5})$がともに単元でないと仮定する.両辺の共役をとると \[ 2=(a-b\sqrt{-5})(c-d\sqrt{-5}) \] が得られるので,2式の両辺をそれぞれ掛けると, \[ 4=(a^2+5b^2)(c^2+5d^2) \] となる.$a^2+5b^2=1$であれば,$(a+b\sqrt{-5})(a-b\sqrt{-5})=a^2+5b^2=1$となるため$a+b\sqrt{-5}$が単元でないことに矛盾する.よって,$a^2+5b^2 \neq 1$である.同様に,$c^2+5d^2 \neq 1$となる.すると$a^2+5b^2=c^2+5d^2=2$でないといけない.しかし,これを満たす$a,b,c,d \in \mathbb{Z}$は存在しない.よって$2$は既約元となる.
それでは素因数分解の概念を環に拡張しよう.
定義 4.3.4
$R$を整域とする.$0$でも単元でもない任意の$R$の元が,有限個の素元の積で表される(素元分解を持つ)とき,$R$を一意分解整域 (Unique Factorization Domain, UFD)という.
まず一意分解整域において,素元分解は一意的な表示を持つことを示そう.
定理 4.3.5
$R$を一意分解整域とし,$a$を$0$でも単元でもない$a \in R$をとる. このとき,$a$の素元分解は順番と同伴の差を除いて一意的である.つまり,素元$p_1,\ldots,p_s,q_1,\ldots,q_t \in R$を用いて \[ a=p_1\cdots p_s=q_1 \cdots q_t \] と表せたとき,$s=t$であり,$p_1,\ldots,p_s$の順番を入れ替えると任意の$1 \leq i \leq s$に対して$p_i \sim q_i$となる.
証明
$s$に関する帰納法で示す.$s=1$のとき,$a=p_1=q_1\cdots q_t$である.$p_1$は素元なので,既約元である.したがって,$t \geq 2$ならば,$q_1$または$q_2 \cdots q_t$は単元となる.すると,$q_1$は素元であるので,$q_2 \cdots q_t$が単元となる.よってある$u \in R^{\times}$を用いて$1=u(q_2\cdots q_t)=(uq_2\cdots q_{t-1}) q_t $と書けるが,$q_t$が単元となり矛盾する.したがって$t=1$であり,特に,$p_1=q_2$から$p_1 \sim q_1$である. そこで$s \geq 2$と仮定し,$s-1$まで正しいとする.$p_s$は素元なので,$q_1\cdots q_t \in \langle p_s \rangle$から$q_j \in \langle p_s \rangle$となる$j$が存在する(演習問題).$j=t$としてよい.するとある元$u \in R$を用いて$q_t=up_s$と表せる.$q_t$は既約元であるので,$u$または$p_s$が単元となるが,$p_s$が素元であるので,$u$が単元となる.よって$p_s \sim q_t$である.また \[ p_1 \cdots p_{s-1} p_s = q_1 \cdots q_{t-1} u p_s \] であり,$R$が整域かつ$p_s \neq 0$から簡約律により \[ p_1 \cdots p_{s-1} = q_1 \cdots q_{t-1} u =q_1 \cdots q_{t-2} (uq_{t-1}) \] が得られる.帰納法の仮定により,$s-1=t-1$,つまり$s=t$であり,$p_1,\ldots,p_{s-1}$の順番を入れ替えると,$1 \leq i \leq s-2$に対して,$p_i \sim q_i$かつ$p_{s-1} \sim uq_{t-1} \sim q_{t-1}$となる.これに$p_s \sim q_t$を追加することで,定理の主張が示された.
実は単項イデアル整域であればいつでも一意分解整域である.
定理 4.3.6
単項イデアル整域は一意分解整域である.
この証明のための準備をする.
補題 4.3.7
$R$を単項イデアル整域とする.このとき,$a \in R$が素元であることと,$a$が既約元であることは同値である.
証明
$a$が既約元のときに,素元となることを示せばよい. そのために,$\langle a \rangle$が極大イデアルとなることを示す.$\langle a \rangle \subset I \subsetneq R$となるイデアル$I$をとる. $R$は単項イデアル整域であるので,単元ではない元$d \in R$を用いて$I=\langle d \rangle$と書ける. すると$a \in I$なので,$u \in R$を用いて$a=ud$と書ける.このとき,$a$は既約元であるので,$u$または$d$は単元であるが,$d$は単元でないので$u$が単元となる.よって$d=au^{-1}$と書ける. 今,任意の$x \in I$をとると,ある$y \in R$を用いて$x=dy$と書ける.このとき, \[ x=dy=(a u^{-1})y=a(u^{-1}y) \in \langle a \rangle \] であるので$\langle a \rangle =I$が成り立つ.よって$\langle a \rangle$は極大イデアルである.特に素イデアルとなるので,$a$は素元である.
補題 4.3.8
$R$を単項イデアル整域とし,$R$のイデアルの無限昇鎖列 \[ I_1 \subset I_2 \subset I_3 \subset \] を考える.このとき,ある整数$n$が存在して \[ I_{n}=I_{n+1}=I_{n+2}=\cdots \] となる.つまり,$R$のイデアルの無限昇鎖列は必ず停止する.
証明
$I=\bigcup_{k=1}^{\infty} I_k$とおく.このとき,$I$は$R$のイデアルである(演習問題).$R$は単項イデアル整域であるので,ある元$d$を用いて$I=\langle d \rangle$と書ける.このとき,$d \in I$なので,ある整数$n$で$d \in I_n$となるものが存在する.よって \[ I=\langle d \rangle \subset I_n \subset I_{n+1} \subset I_{n+2} \subset \cdots \subset I \] より, \[ I_{n}=I_{n+1}=I_{n+2}=\cdots \] が従う.
それでは定理 4.3.6を証明しよう.
定理 4.3.6の証明
$R$を単項イデアル整域とし,$a \in R$を$0$でも単元でもない元とする.補題 4.3.7より$a$が有限個の既約元の積で表せることを示せばよい.$a$が有限個の既約元の積で表せないと仮定する.すると,$a$は既約元ではないので,$a=bc$で$b$も$c$も単元とならないものが存在する.このとき,$b, c \neq a$である.すると \[ \langle a \rangle \subsetneq \langle b \rangle , \langle c \rangle \] が成り立つ.もし$b$と$c$がともに既約元の積で表せると,$a$が既約元の積で表せないことに矛盾する.そこで$a_1=b$が既約元の積で表せないとする.すると同様の議論により,既約元の積で表せない元$a_2$が存在して \[ \langle a \rangle \subsetneq \langle a_1 \rangle \subsetneq \langle a_2 \rangle \] が成り立つ.これを繰り返すと$R$のイデアルの真の無限増加列 \[ \langle a \rangle \subsetneq \langle a_1 \rangle \subsetneq \langle a_2 \rangle \subsetneq \langle a_3 \rangle \subsetneq \] が得られるが,補題 4.3.8に矛盾する.よって$a$が有限個の既約元の積で表せることがわかり,$R$が一意分解整域であることが従う.
系 4.3.9
$R$を体とする.このとき,$R[x]$は一意分解整域である.
したがって,$\mathbb{R}[x]$は一意分解整域であるので,因数分解の一意性がわかる.最後に,かなり非自明な一意分解整域の例を見る.
定理 4.3.10
ガウス整数環$\mathbb{Z}[\sqrt{-1}]$は一意分解整域である.
この証明のために,$\mathbb{Z}[\sqrt{-1}]$がユークリッド整域となることを示す.そのためには,ユークリッド関数を定義する必要がある. 関数$N : \mathbb{Z}[\sqrt{-1}] \to \mathbb{Z}_{\geq 0}$を$N(a+b\sqrt{-1})=a^2+b^2$で定義する.これを$\mathbb{Z}[\sqrt{-1}]$のノルムという.定義から$x \in \mathbb{Z}[\sqrt{-1}]$に対し,$N(x)=x \overline{x}=|x|^2$である.ここで,$\overline{x}$は$x$の複素共役である. この$N$がユークリッド関数の条件を満たしていればよい.
補題 4.3.11
$x,y \in \mathbb{Z}[\sqrt{-1}]$($y \neq 0$)に対し, \[ x=yq+rかつN(r)\lt N(y) \] を満たす$q,r \in R$が存在する.
証明
$\dfrac{x}{y}$を実数化したとき$\alpha +\beta\sqrt{-1}$となったとする.ここで,$\alpha,\beta \in \mathbb{R}$である. また$|\alpha-a|, |\beta-b| \leq \dfrac{1}{2}$となる整数$a,b \in \mathbb{Z}$をとり,$q=a+b\sqrt{-1}$とおく.このとき,$q \in \mathbb{Z}[\sqrt{-1}]$であり,さらに \[ \left| \dfrac{x}{y}-q \right|^2=(\alpha-a)^2+(\beta-b)^2\leq \dfrac{1}{4}+\dfrac{1}{4}\lt 1 \]である. $r=x-yq$とおくと,$r \in \mathbb{Z}[\sqrt{-1}]$かつ$x=yq+r$である. すると, \[ N(r)=|r|^2=|x-yq|^2=|y|^2 \cdot \left|\dfrac{x}{y}-y\right|^2 \lt |y|^2=N(y) \] である.よって補題の主張が成り立つことがわかった.
したがって,この補題により,$(\mathbb{Z}[\sqrt{-1}],N)$がユークリット整域となることがわかるので,定理 4.3.10が従う.