応用線型代数特論

4回目:ヒルベルトの基底定理とグレブナー基底

定義 4.1
まずは先頭項イデアルの基本的な性質を挙げる.証明はディクソンの補題などから容易である.
命題 4.2
これを用いることですべての多項式イデアルが有限生成であることが証明できる.
定理 4.3 (ヒルベルトの基底定理)
すべてのイデアル$I \subset k[X]$は有限生成である.
証明
もし$I=\{0\}$であるならば,生成元の集合を$\{0 \}$ととることができて,有限生成となる. そこで$I \neq \{0 \}$とする.今,$k[X]$の単項式順序$<$を1つ固定する. 命題 4.2より$g_1,\ldots,g_t \in I$を$\langle {\rm LT}(I) \rangle= \langle {\rm LT}(g_1),\ldots,{\rm LT}(g_t) \rangle$を満たすようにとることができる.ここで$I=\langle g_1,\ldots,g_t \rangle$を示す.

$\langle g_1,\ldots,g_t \rangle \subset I$は明らかである.逆に$f \in I$を任意の多項式とする.$f$を$(g_1,\ldots,g_t)$で割るために,定理 3.13の割り算アルゴリズムを適用すると, \[ f=q_1g_1+\cdots+q_t g_t +r \] の形が得られる.ここで$r$のすべての項は${\rm LT}(g_1),\ldots,{\rm LT}(g_t)$のいずれでも割り切れない. このとき,$r=0$を示す. \[ r=f-q_1g_1-\cdots-q_t g_t \in I \] であることに注意する.もし$r\neq 0$ならば, \[ {\rm LT}(r) \in \langle {\rm LT}(I) \rangle =\langle {\rm LT}(g_1),\ldots,{\rm LT}(g_t) \rangle \] であって,補題2.10 より${\rm LT}(r)$は${\rm LT}(g_i)$のいずれかで割り切れなければならない. これは$r$が余りであることに反しており,$r=0$となる. したがって, \[ f=q_1 g_1 +\cdots +q_t g_t + 0 \in \langle g_1,\ldots,g_t \rangle \] が得られ,$I \subset \langle g_1,\ldots,g_t \rangle$である.以上より題意が示された.
ヒルベルトの基底定理の応用を1つ紹介する.
定理 4.4 (昇鎖条件 (ACC))
$k[X]$のイデアルの無限昇鎖 \[ I_1 \subset I_2 \subset I_3 \subset \cdots \] はある整数$N \geq 1$が存在して, \[ I_N = I_{N+1} = I_{N+2} = \cdots \] となる.
証明
$I = \bigcup_{i=1}^{\infty} I_i$とおき,$I$が$k[X]$のイデアルとなることを見る. すべての$i$に対して$0 \in I_i$であるから$0 \in I$である.次に,$f,g \in I$ならば定義により,適当な$i$と$j$に対して,$f \in I_i$かつ$g \in I_j$である,$k=\max\{i,j\}$とすると,$f,g \in I_k$となるので,結局$f+g \in I_k \subset I$である.同様に,$f \in I$かつ$r \in k[X]$であるならば,適当な$i$に対し,$f \in I_i$となり,$r \cdot f \in I_i \subset I$であるので,$I$はイデアルとなる.

ヒルベルトの基底定理より$f_1,\ldots,f_s \in I$が存在して$I=\langle f_1,\ldots,f_s \rangle$となる. $I$の定義より各$f_i$はどれかの$I_j$に入る.それを$f_i \in I_{j_i}$とする.$N$を$j_i$のうち最大のものとすると,すべての$i$に対して$f_i \in I_N$である.したがって, \[ I=\langle f_1,\ldots,f_s \rangle \subset I_N \subset I_{N+1} \subset \cdots \subset I \] より,$I=I_{N}=I_{N+1}=I_{N+2}=\cdots$を得る.
実はACCを仮定するとヒルベルトの基底定理が証明できる.つまり,この2つは同値な定理である. この性質を持つ環のことを一般にネーター環という.

さて,先頭項イデアルまで話を戻す.命題 4.2の(2)から「$g_1,\ldots,g_t$が$I$の生成系であれば${\rm LT}(g_1),\ldots,{\rm LT}(g_t)$は${\rm LT}(I)$を生成するか」という問いが自然に考えられる.しかし,これは一般には成り立たない.
例 4.5
$f_1=x^3-2xy, f_2=x^2y-2y^2+x$とし,$I=\langle f_1,f_2 \rangle \subset k[x,y]$とおく.$x >_{\rm glex} y$を考える.このとき, \[ x \cdot (x^2 y -2y^2+x) - y \cdot (x^3-2xy)=x^2 \] より,$x^2 \in I$である.したがって,$x^2={\rm LT}(x^2) \in \langle {\rm LT}(I) \rangle$を得る.しかし,$x^2$は${\rm LT}(f_1)=x^3$でも${\rm LT}(f_2)=x^2 y$でも割り切れないから,補題 2.10から$x^2 \notin \langle {\rm LT}(f_1), {\rm LT}(f_2) \rangle$である.
一方で,定理 4.3の証明から$\langle {\rm LT}(I) \rangle= \langle {\rm LT}(g_1),\ldots,{\rm LT}(g_t) \rangle$であれば,$I= \langle g_1,\ldots,g_t \rangle$となる,つまり$g_1,\ldots,g_t$は$I$の生成系となることがわかる.この特別な生成系に名前をつける.
定義 4.6
$k[X]$の単項式順序$<$を1つ固定する.$\{0\}$でないイデアル$I \subset k[X]$の有限部分集合$G=\{g_1,\ldots,g_t\}$が$<$に関するグレブナー基底 (Gröbner basis)であるとは, \[ \langle {\rm LT}(g_1),\ldots,{\rm LT}(g_t) \rangle=\langle {\rm LT}(I) \rangle\] を満たすときにいう.また便宜上$\langle \emptyset \rangle=\{0\}$することで,空集合はゼロイデアルのグレブナー基底であると定義する.
グレブナー基底はブッフバーガー(B. Buchberger)の博士論文の中で導入された.その際,彼の指導教員であるグレブナー(W. Gröbner)に敬意を表して,グレブナー基底と名付けた.また同時期に広中平祐によっても同様の概念が定義された.

定理 4.3の証明からわかることを述べておく.
命題 3.3
$k[X]$の単項式順序$<$を1つ固定する. すべてのイデアル$I \subset k[X]$は$<$に関するグレブナー基底を持つ.さらに,$I$のどんなグレブナー基底も$I$の生成系となる.
先ほど述べたように,グレブナー基底はイデアルの特別な生成系である. これを用いて不完全であった割り算アルゴリズムを完全なものにし,イデアル所属問題を完全に解決することができる.
命題 4.7 (余りの一意性)
$I \subset k[X]$をイデアルとし,$G=\{ g_1,\ldots,g_t\}$を$k[X]$のある単項式順序に関する$I$のグレブナー基底とする.このとき,与えられた$f\in k[X]$に対して,次の2つの条件を満たす多項式$r \in k[X]$がただ一つ存在する. 特に,グレブナー基底$G$による割り算の余りは,$G$の元の順番によらない.
証明
$r$の存在は$(g_1,\ldots,g_t)$による割り算を実行すれば良い.一意性を示す.$f=g+r=g'+r'$が(1)と(2)を満たすとする.このとき,$r-r'=g'-g \in I$であるので,$r \neq r'$ならば${\rm LT}(r-r') \in \langle {\rm LT}(I) \rangle=\langle {\rm LT}(g_1),\ldots,{\rm LT}(g_t)\rangle$となる.従って補題 2.10より,${\rm LT}(r-r')$は${\rm LT}(g_i)$のいずれかで割り切れる.しかし,(1)よりこれはあり得ない.したがって$r=r'$となり一意性は示された.
補足 4.8
実は,グレブナー基底による割り算の余りは,グレブナー基底の取り方によらない.したがって,単項式順序を1つ固定すると,「イデアル$I$による$f$の割り算の余り」を一意に定義することができる.
グレブナー基底により,割り算の余りが一意に定まることがわかったので,これを用いてイデアル所属問題が解決できる.
系 3.3
$I \subset k[X]$をイデアルとし,$G=\{ g_1,\ldots,g_t\}$を$k[X]$のある単項式順序に関する$I$のグレブナー基底とする. このとき,$f \in k[X]$に対して,$f \in I$と$f$を$G$で割った時の余りがゼロであることは同値である.
証明
余りがゼロである時には,$f \in I$であることはすでに見た.逆に$f \in I$が与えられた時,$f=f+0$は命題 4.8の2つの条件を満たす.これより,$0$は$f$を$G$で割った余りであることが従う.
ここまでの議論はイデアルのグレブナー基底$G$がすでにわかっているという前提で進んでいる.したがってイデアル$I$と単項式順序$<$が与えられた時,$I$の$<$に関するグレブナー基底がいつもでも見つけることができるか,ということが重要な問題となる.次の章で,$I$の生成系がグレブナー基底となるかどうかの判定法,そしてそれを用いて勝手な生成系からグレブナー基底を見つけるアルゴリズムを紹介する.