応用線型代数特論

5回目:ブッフバーガー判定法とブッフバーガーアルゴリズム

以降,特別な場合を除き,$k[X]$の単項式順序を一つ固定する.
定義 5.1
例 5.2
$f=x^3y^2-x^2y^3+x$と$g=3x^4y+y^2$に対し,$x >_{\rm glex} y$の場合を考える. このとき,${\rm LM}(f)=x^3y^2$と${\rm LM}(g)=x^4y$なので,$\gamma=(4,2)$であって, \begin{eqnarray*} S(f,g)&=&\dfrac{x^4y^2}{x^3y^2} \cdot f -\dfrac{x^4y^2}{3x^4y} \cdot g \\ &=&x \cdot f - (1/3) \cdot y \cdot g\\ &=&-x^3y^3+x^2-(1/3)y^3 \end{eqnarray*} となる.
補題 5.3
証明
$d_i={\rm LC}(f_i)$とする.すると,${\rm LT}(f_i)=d_i x^{\delta}$である. ${\rm LM}(f_i)={\rm LM}(f_j)$から \[ S(f_i,f_j)=\dfrac{1}{d_i}f_i-\dfrac{1}{d_j}f_j \] と変形できる. ここから1つ目の主張が容易にわかる.

$f_1+\cdots+f_s$の多重次数が$\delta$より真に小さいと仮定する. このとき,仮定より,$d_1+\cdots+d_s=0$であることがわかる. さらに \begin{eqnarray*} \sum_{i=1}^{s-1} d_i S(f_i, f_s)&=&d_1\left( \dfrac{1}{d_1}f_1-\dfrac{1}{d_s}f_s \right)+\cdots+d_{s-1} \left( \dfrac{1}{d_{s-1}}f_{s-1}-\dfrac{1}{d_s}f_s \right) \\ &=& f_1+\cdots+f_{s-1}- \dfrac{1}{d_s}(d_1+\cdots+d_{s-1}) f_s \end{eqnarray*} が成りたつ.しかし,$d_1+\cdots+d_s=0$より,$d_1+\cdots+d_{s-1}=-d_s$であるから,これは \[ \sum_{i=1}^{s-1} d_i S(f_i, f_s)=f_1+\cdots+f_{s-1}+f_s \] と変形できる.これで2つ目の主張が示せた.
補題 5.4
$f,g \in k[X]$とし,${\rm LM}(f)=x^\alpha, {\rm LM}(g)=x^\beta, x^{\gamma}={\rm lcm}(x^\alpha, x^\beta)$とする.$x^{\delta}$が$x^{\gamma}$で割り切れるとき, \[ S(x^{\delta-\alpha}f, x^{\delta-\beta} g)=x^{\delta-\gamma}S(f,g) \] である.
証明
${\rm LM}(x^{\delta-\alpha} f)=x^{\delta-\alpha} {\rm LM}(f)=x^{\delta}$かつ${\rm LM}(x^{\delta-\beta} g)=x^{\delta-\beta} {\rm LM}(g)=x^{\delta}$より,\[{\rm lcm}({\rm LM}(x^{\delta-\alpha}f),{\rm LM}(x^{\delta-\beta} g ))=x^{\delta}\] である.したがって, \begin{eqnarray*} S(x^{\delta-\alpha}f, x^{\delta-\beta} g)&=&\dfrac{x^{\delta}}{{\rm LT}(x^{\delta-\alpha}f)} \cdot x^{\delta-\alpha} f - \dfrac{x^{\delta}}{{\rm LT}(x^{\delta-\beta}g)} \cdot x^{\delta-\beta}g\\ &=& \dfrac{x^{\delta}}{x^{\delta-\alpha}{\rm LT}(f)} \cdot x^{\delta-\alpha} f - \dfrac{x^{\delta}}{x^{\delta-\beta}{\rm LT}(g)} \cdot x^{\delta-\beta}g \\ &=&x^{\delta-\gamma} \left( \dfrac{x^{\gamma}}{{\rm LT}(f)} \cdot f - \dfrac{x^{\gamma}}{{\rm LT}(g)} \cdot g\right) \\ &=&x^{\delta-\gamma}S(f,g). \end{eqnarray*}
定理 5.5 (ブッフバーガーの判定条件)
$I$をゼロでない$k[X]$のイデアルとし,$k[X]$の単項式順序を一つ固定する.$I$の生成系$G=\{g_1,\ldots,g_t\}$が$I$のグレブナー基底である必要十分条件は,任意の異なる$i,j$に対して$S(g_i,g_j)$を(なんらかの順序が入った)$G$で割った余りが$0$であることである.
証明
(十分性)$G$がグレブナー基底とする.$S(g_i,g_j) \in I$であるので,系 4.10から$S(g_i,g_j)$を$G$で割った余りは$0$である.

(必要性)任意の$S(g_i,g_j)$を(なんらかの順序が入った)$G$で割った余りが$0$であるとする. $0 \neq f \in I$をとると,$f =\sum_{i} h_i g_i$ ($h_i \in k[X]$)と書けるが,${\rm LM}(f) \leq \max_i \{ {\rm LM}(h_ig_i) \}$である.もし,等号がいつでも成立するならば,ある$i$に対して,${\rm LM}(f)= {\rm LM}(h_ig_i)$となるので,${\rm LT}(f) \in \langle {\rm LT}(g_1),\ldots, {\rm LT}(g_t)\rangle$がいえる.この場合,$G$がグレブナー基底であることが従う.

等号が成り立たない場合があると仮定する. 単項式順序の定義から任意の単項式の集合は極小元を持つことに注意すると, $f=\sum_i h_i g_i$の書き方は一意的ではないが,そのような書き方のうちから多重次数$\max_i \{ {\rm mdeg}(h_ig_i) \}$が最小となるようにとれる.その最小にとった多重次数を$\delta$とする. このとき, \begin{equation} f=\sum_{{\rm mdeg}(h_ig_i)=\delta} {\rm LT}(h_i) g_i + \sum_{{\rm mdeg}(h_ig_i)=\delta} (h_i- {\rm LT}(h_i))g_i + \sum_{{\rm mdeg}(h_ig_i) < \delta} h_ig_i \end{equation} と変形できる. この,第2項,第3項の$\sum$記号の中に現れる単項式は,すべて多重次数が$\delta$より小さい. さらに${\rm mdeg}(f) < \delta$より,第1項の$\sum$記号の項もまた多重次数が$\delta$より真に小さい. この第1項に注目すると,これは補題 5.3の(2)の条件を満たしているので, \[ \mbox{(第1項)}=\sum_{i,j} c_{i,j} S({\rm LT}(h_i)g_i, {\rm LT}(h_j) g_j) \ \ \ \ (c_{i,j} \in k)\] と書くことができる. さらに,$x^{\gamma_{i,j}}={\rm lcm}({\rm LM}(g_i), {\rm LM}(g_j))$とおくことで,補題 5.4を使い, \[ \mbox{(第1項)}=\sum_{i,j} c_{i,j} x^{\delta-\gamma_{i,j}} S(g_i, g_j) \] となる.仮定から,$S(g_i, g_j)$を$G$で割った余りは$0$となるので,$a_{i,j,\ell} \in k[X]$を用いて \begin{equation} \mbox{(第1項)}=\sum_{i,j} c_{i,j} x^{\delta-\gamma_{i,j}} \left(\sum_i a_{i,j,\ell} g_\ell \right)=\sum_{\ell} \left( \sum_{i,j} c_{i,j} x^{\delta-\gamma_{i,j}} a_{i,j,\ell} \right) g_\ell \end{equation} と表せる.ここで割り算アルゴリズムから${\rm mdeg}(a_{i,j,\ell} g_\ell) \leq {\rm mdeg}(S(g_i,g_j))$だから,$S$多項式の定義からわかる${\rm mdeg}(S(g_i,g_j)) < \gamma_{i,j}$と合わせると \[ {\rm mdeg}\left( \left( \sum_{i,j} c_{i,j} x^{\delta-\gamma_{i,j}} a_{i,j,\ell} \right) g_\ell \right) \leq {\rm mdeg}(x^{\delta-\gamma_{i,j}} S(g_i,g_j)) < \delta \] したがって,これを元の式(1)に式(2)を代入し,$g_\ell$の多項式係数の結合$f=\sum_{\ell} h'_{\ell} g_{\ell}$として見ると,${\rm mdeg}(h'_{\ell}g_{\ell}) < \delta$となり,$\delta$の最小性に矛盾する.以上で証明が完了する.
この判定を使い,任意の生成系からグレブナー基底を構成することができるアルゴリズムが次の定理である.
定理 5.6 (ブッフバーガーアルゴリズム)
$I=\langle f_1,\ldots,f_s \rangle \subset k[X]$をゼロでないイデアルとする,$I$のグレブナー基底は,次のアルゴリズムによって,有限回のステップで構成することができる. \begin{eqnarray*} &&\hbox{Input} : F=(f_{1},\ldots,f_{s})\\ &&\hbox{Output} : \mbox{$I$のグレブナー基底$G=(g_1,\ldots,g_t)$}\\[-4pt] \\[-4pt] &&G:=F\\ &&\hbox{REPEAT}\\ &&\qquad\qquad G':=G\\ &&\qquad\qquad\qquad \hbox{FOR}\ \mbox{$G'$の異なる2つの多項式$p,q$ DO}\\ &&\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad r:=S(p,q)\mbox{を$G'$で割ったときの余り}\\ &&\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad \mbox{IF $r\neq0$ THEN $G:=G\cup \{r\}$}\\ &&\hbox{UNTIL}\ G=G'\\ &&\hbox{RETURN}\ G \end{eqnarray*}
証明
アルゴリズムの最初に$I = \langle G \rangle$であり,繰り返しの各段階で,$G$に追加される多項式はその時点での$\langle G \rangle$の元だから,常に$I=\langle G \rangle$である.また,アルゴリズムが停止すれば定理 5.5から$G$は$I$のグレブナー基底となる.

あとはアルゴリズムが停止することをいえばよい.繰り返しの段階で$G$に属さない元$r$が追加されたとすると,割り算の性質より,${\rm LT}(r)$は${\rm LT}(G)$のどの元でも割り切れない.よって$\langle {\rm LT}(G) \rangle \subsetneq \langle {\rm LT}(G \cup \{r\}) \rangle$である.よって,アルゴリズムが動いているうちは,$\langle {\rm LT}(G) \rangle$たちがイデアルの真の上昇列をなすため,ACCよりアルゴリズムは停止する.
例 5.7
では実際,イデアルのある生成系からグレブナー基底を構成してみよう.$f_1=x^3-2xy, f_2=x^2y-2y^2+x, I=\langle f_1, f_2 \rangle \subset k[x,y]$とし,$I$の次数付き逆辞書式順序$x >_{\rm rlex} y$に関するグレブナー基底を求める.まず$G=(f_1,f_2)$とし,$S(f_1,f_2)=y \cdot f_1 - x \cdot f_2=-x^2$なので,これを$G$で割ったときの余りは$-x^2$でこれは$0$ではない.つまり$\{f_1,f_2\}$は$I$のグレブナー基底ではない.そこで,この余り$f_3=-x^2$を新しい生成元として$G$に加える.つまり$G=(f_1,f_2,f_3)$である.すると$S(f_1,f_2)$を$G$で割った余りは$0$になる.次に$S(f_1,f_3)$で同じことを考えると,$S(f_1,f_3)=-2xy$で,これを$G$で割っても余りは$-2xy$で$0$でない.そこで,さらに$f_4=-2xy$を$G$に加えると,$S(f_1,f_3)$を$G$で割った余りは$0$となる.次に$S(f_2,f_3)$を考えると,$S(f_2,f_3)=-2y^2+x$で,これを$G$で割った余りは$-2y^2+x$で$0$でない.$f_5=-2y^2+x$として$G$に加えると,$S(f_2,f_3)$を$G$で割った余りは$0$となる.特に,どの$S(f_i,f_j)$($1 \leq i < j \leq 5$)も$G$で割ったときの余りは$0$である.したがって, \[ \{f_1,f_2,f_3,f_4,f_5\}=\{x^3-2xy, x^2y-2y^2+x, -x^2, -2xy, -2y^2+x\} \] は$I$の$>_{\rm rlex}$に関するグレブナー基底となる.