離散数学特論

1回目:凸多面体

この節では,本講義の主な対象である一般次元の凸多面体を定義する. $\mathbb{R}^N$を$N$次元ユークリッド空間とし,$\mathbb{R}^N$内の点$\mathbf{x}=(x_1,\ldots,x_N),\mathbf{y}=(y_1,\ldots,y_N)$の内積を$\langle \mathbf{x}, \mathbf{y} \rangle=x_1 y_1+\cdots+x_N y_N$で定義し,その2点間の距離を$|\mathbf{x} -\mathbf{y}|=\sqrt{ \langle \mathbf{x}-\mathbf{y}, \mathbf{x}-\mathbf{y} \rangle}$で定義する. またその2点を結ぶ線分とは,$\mathbb{R}^N$の部分集合 \[ [\mathbf{x},\mathbf{y}]=\{\lambda \mathbf{x} + (1-\lambda) \mathbf{y} : 0 \leq \lambda \leq 1\} \] のことである.
定義 1.1
$\mathbb{R}^N$の空でない部分集合$\mathcal{A}$が凸集合 (convex set)であるとは,任意の$\mathbf{x}, \mathbf{y} \in \mathcal{A}$に対し,$[\mathbf{x},\mathbf{y}]$が$\mathcal{A}$に含まれるときにいう.
例 1.2
(1) 点$\mathbf{a}=(a_1,\ldots,a_N) \in \mathbb{R}^N$を中心とする半径$r>0$の$N$球体 \[ \mathbb{B}_r(\mathbf{a})=\{ \mathbf{x} \in \mathbb{R}^N : |\mathbf{x}-\mathbf{a}| \leq r\} \] は凸集合である.

(2) 点$\mathbf{a}=(a_1,\ldots,a_N) \in \mathbb{R}^N$を中心とする半径$r>0$の$N-1$球面 \[ \mathbb{S}_r(\mathbf{a})=\{ \mathbf{x} \in \mathbb{R}^N : |\mathbf{x}-\mathbf{a}| = r\} \] は凸集合ではない.
空間$\mathbb{R}^N$の凸集合$\mathcal{A} \subset \mathbb{R}^N$が有界であるとは,十分大きい$r > 0$に対し, \[ \mathcal{A} \subset \mathbb{B}_r ({\bf 0}) \] となるときにいう.ここで,${\bf 0}=(0,\ldots,0) \in \mathbb{R}^N$は $\mathbb{R}^N$の原点である.
補題 1.3
空間$\mathbb{R}^N$の空でない凸集合の族$\{\mathcal{A}_i\}_{i \in I}$を考える.このとき, \[ \mathcal{A} = \bigcap_{i \in I} \mathcal{A}_i \] は凸集合である.
例えば,複数の円を書いたとき,重なっている部分は凸集合となっている. この補題より次の系が従う.
系 1.4
空間$\mathbb{R}^N$の空でない部分集合$V$に対し,$V$を含む最小の凸集合が存在する. つまり凸集合$V \subset \mathcal{A}$で,任意の凸集合$V \subset \mathcal{B}$に対し,$\mathcal{A} \subset \mathcal{B}$となるものが存在する.
$V$を含む最小の凸集合を${\rm conv}(V)$で表し,$V$の凸閉包という. 例えば,${\rm conv}(\mathbb{S}_r(\mathbf{a}))=\mathbb{B}_r(\mathbf{a})$である. $V$が有限集合の場合は次の表示を持つ.
定理 1.5
空間$\mathbb{R}^N$の空でない有限集合$V=\{\mathbf{a}_1,\ldots,\mathbf{a}_s\} \subset \mathbb{R}^N$に対し, \[ {\rm conv}(V)=\left\{ \sum_{i=1}^s \lambda_i \mathbf{a}_i : \lambda_i \geq 0, \sum_{i=1}^s \lambda_i=1 \right\} \] である. 特に,${\rm conv}(V)$は有界である.
定義 1.6
空間$\mathbb{R}^N$の集合$\mathcal{P}$が凸多面体であるとは,有限集合$V \subset \mathbb{R}^N$で$\mathcal{P}={\rm conv}(V)$となるものが存在するときにいう.
凸多角形や$3$次元空間の通常の凸多面体$\mathcal{P}$を考えると,それぞれ頂点を$V$とすれば,$\mathcal{P}= {\rm conv}(V)$となっていることがわかるであろう.一方,球体は有限集合の凸閉包で表すことができない(少なくとも球面の全ての点が必要)ので,凸多面体ではない. 一般の凸多面体の頂点は次の補題から定義できる.
補題 1.7
凸多面体$\mathcal{P} \subset \mathbb{R}^N$に対し,最小の有限集合$V \subset \mathbb{R}^N$で$\mathcal{P}={\rm conv}(V)$となるものが存在する. この有限集合$V$を$\mathcal{P}$の頂点集合といい,各点を頂点という.
次に凸多面体の次元を定義する. 空間$\mathbb{R}^N$の点$\mathbf{a}_0,\ldots,\mathbf{a}_s$がアフィン独立であるとは, \[ \begin{cases} \lambda_0 \mathbf{a}_0 + \lambda_1 \mathbf{a}_1 + \cdots + \lambda_s \mathbf{a}_s = {\bf 0},\\ \lambda_0+\lambda_1+\cdots+\lambda_s=0,\\ \lambda_0,\lambda_1,\ldots,\lambda_s \in \mathbb{R} \end{cases} \] ならば \[ \lambda_0=\lambda_1=\cdots=\lambda_s = 0 \] となるときにいう.これは$\mathbf{a}_1-\mathbf{a}_0,\mathbf{a}_2-\mathbf{a}_0,\ldots,\mathbf{a}_s-\mathbf{a}_0$が一次独立と同値である. 空間$\mathbb{R}^n$のアフィン部分空間 (affine subspace)とは, $\mathbb{R}^n$の線形部分空間を平行移動したもの,つまり,線形部分空間$W \subset \mathbb{R}^N$と点$\mathbf{a} \in \mathbb{R}^N$に対し, \[ W+\mathbf{a} =\{ \mathbf{w} + \mathbf{a} : \mathbf{w} \in W\} \] と表される集合である. 例えば,$\mathbb{R}^2$において,直線が線形部分空間となるのは原点を通るときのみであるが,直線はすべてアフィン部分空間である.

空でない集合$\mathcal{A} \subset \mathbb{R}^N$に対し,1点$\mathbf{a} \in \mathcal{A}$をとり,$\mathcal{A} - \mathbf{a}$が張る$\mathbb{R}^N$の線形部分空間$W={\rm span}(\mathcal{A} - \mathbf{a})$を考え,$X= W+ \mathbf{a}$とすると,$X$は$\mathcal{A}$を含む最小のアフィン部分空間である.これを${\rm aff}(\mathcal{A})$と書く. すると次のような表示を持つ.
命題 1.8
空でない集合$\mathcal{A} \subset \mathbb{R}^N$に対し, \[{\rm aff}(\mathcal{A})= \left\{ \sum_{i=1}^{s} \lambda_i \mathbf{a}_i : \mathbf{a}_i \in \mathcal{A}, \lambda_i \in \mathbb{R}, \sum_{i=1}^s \lambda_i = 1 \right\} \] となる.
点$\mathbf{a}_1,\ldots,\mathbf{a}_s \in \mathbb{R}^N$に対し,$\lambda_i \in \mathbb{R}, \sum_{i=1}^s \lambda_i = 1$を満たす$\sum_{i=1}^{s} \lambda_i \mathbf{a}_i$のことを$\mathbf{a}_1,\ldots,\mathbf{a}_s$のアフィン結合という.つまり${\rm aff}(\mathcal{A})$は$\mathcal{A}$のアフィン結合全体からなる集合である.${\rm span}(\mathcal{A}-\mathbf{a})$が$\mathcal{A}-\mathbf{a}$の線型結合全体からなる集合だったことを考えると想像しやすい.

アフィン部分空間$A=W + \mathbf{a} \subset \mathbb{R}^N$に含まれるアフィン独立な点の個数の最大値を$d+1$としたとき,$d$を$A$の次元 (dimension)と定義する. このとき,$A$が$d$次元であることと,$W$が線型空間として$d$次元となることは同値である.線形空間の基底の性質を考えると,次の命題が得られる.
命題 1.9
アフィン独立な点の集合$\mathcal{A}=\{\mathbf{a}_0,\ldots,\mathbf{a}_s\} \subset \mathbb{R}^N$に対し,任意の点$\mathbf{x} \in {\rm aff}(\mathcal{A})$は \[ \mathbf{x}=\sum_{i=0}^s \lambda_i \mathbf{a}_i, \ \ \ \lambda_i \in \mathbb{R}, \ \ \ \sum_{i=0}^s \lambda_i=1 \] なる一意的な表示を持つ.
凸多面体$\mathcal{P}$の次元を${\rm aff}(\mathcal{P})$の次元で定義する.つまり,$\mathcal{P}$を含む最小のアフィン部分空間の次元が凸多面体の次元である. 例えば,$\mathbb{R}^3$空間においても凸多角形は$2$次元であることがわかる. またどんな$\mathcal{P}$の点も頂点のアフィン結合で書けるため,$d$次元凸多面体$\mathcal{P}$は$d+1$個のアフィン独立な頂点を持つ.つまり$\mathcal{P}$は少なくとも$d+1$個の頂点を持つ.頂点の個数がちょうど$d+1$個の$d$次元凸多面体のことを$d$単体 ($d$-simplex)という.

命題 1.9から単体の各点は頂点を使って,一意的な表示を持つ.また内点も同様の表示を持つ.ここで,凸多面体$\mathcal{P} \subset \mathbb{R}^N$の(相対)内部 ((relative) interior)とは, 距離空間$\mathbb{R}^N$の部分空間${\rm aff} (\mathcal{P})$における$\mathcal{P}$の内部${\rm int}(\mathcal{P})$のことであり,内部の点のことを内点と呼ぶ.
命題 1.10
$\mathcal{P} \subset \mathbb{R}^N$を$d$単体とし,その頂点集合を$\{\mathbf{a}_0,\ldots,\mathbf{a}_d\}$ とする.このとき, 任意の点$\mathbf{x} \in \mathcal{P}$と$\mathbf{y} \in {\rm int}(\mathcal{P})$は \[ \mathbf{x}=\sum_{i=0}^d \lambda_i \mathbf{a}_i, \ \ \ \lambda_i \geq 0, \ \ \ \sum_{i=0}^d \lambda_i=1 \] \[ \mathbf{y}=\sum_{i=0}^d \mu_i \mathbf{a}_i, \ \ \ \mu_i >0, \ \ \ \sum_{i=0}^d \mu_i=1 \] なる一意的な表示を持つ.
最後に,いくつか凸多面体の代表的な例を挙げる. 次元$d-1$の凸多面体$\mathcal{Q} \subset \mathbb{R}^N$と$\mathbb{R}^N$の点$\mathbf{a} \notin {\rm aff}(\mathcal{Q})$の和集合の凸閉包 \[ {\rm conv}(\mathcal{Q} \cup \{ \mathbf{a} \} ) \subset \mathbb{R}^N \] を,$\mathcal{Q}$をとし,$\mathbf{a}$を頂上 (apex)とする角錐 (pyramid)という. このとき角錐は$d$次元となる.たとえば,$d$単体は$(d-1)$単体を底とする角錐である.特に,単体は全ての頂点を角錐の頂上としてみなすことができる. 一方,次元$d-1$の凸多面体$\mathcal{Q} \subset \mathbb{R}^N$とその平行移動$\mathcal{Q} + \mathbf{a}$ (ただし$(\mathcal{Q}+\mathbf{a}) \cap {\rm aff}(\mathcal{Q}) = \emptyset$)の和集合の凸閉包 \[ {\rm conv}(\mathcal{Q} \cup ( \mathcal{Q} + \mathbf{a} )) \subset \mathbb{R}^N \] を,$\mathcal{Q}$を底とする角柱 (prism)という.このとき角柱は$d$次元となる. 線形変換$\phi : \mathbb{R}^N \to \mathbb{R}^N$と点$\mathbf{a} \in \mathbb{R}^N$に対し, 写像$\psi : \mathbb{R}^N \to \mathbb{R}^N$を \[ \psi(\mathbf{x}) = \phi (\mathbf{x}) + \mathbf{a}, \ \ \ \mathbf{x} \in \mathbb{R}^N \] で定義する.つまり$\psi$は線型変換と平行移動の合成写像である. この写像$\psi$を$\mathbb{R}^N$のアフィン変換 (affine transpose)という. このとき,$A$が$d$次元アフィン部分空間であれば,像$\psi(A)$も$d$次元アフィン部分空間であり, 特に,$\mathcal{P}$が$d$次元凸多面体であれば,$\psi (\mathcal{P})$も$d$次元凸多面体である. 凸多面体の議論においては,$\psi({\rm aff} (\mathcal{P})) = \mathbb{R}^d \subset \mathbb{R}^N$となる適当なアフィン変換を考え,$\mathcal{P}$と$\psi(\mathcal{P})$を同一視することで, $N=d$($\mathcal{P}$がfull-dimensional)として議論することができる.