離散数学特論

6回目:Ehrhart級数

前節で,膨らました格子凸多面体に含まれる格子点の個数は多項式を使って表せることを見た. それをEhrhart多項式と呼んでいたが,Ehrhart多項式は整数を代入すれば必ず整数を返す.しかし,その係数は一般には整数ではない(ただし必ず有理数となる).そのため,Ehrhart多項式自体を見ても,凸多面体の情報が得にくい. 数え上げ組合せ論では,こういった数え上げ関数や数列に対し,母関数というものを考えるのが常套手段である.

数列$\{ a_n \}_{n=0}^{\infty}$に対し,形式的冪級数 \[ \sum_{n=0}^{\infty} a_n x^n = a_0 + a_1 x + a_2 x^2 +\cdots \] のことを数列$\{ a_n \}_{n=0}^{\infty}$の母関数 (generating function)という. 母関数はそのままでは扱いづらいが,単純な形に変形できることがしばしばある. 例えば,数列$(1,1,1,\ldots)$の母関数は \[ 1+ x+ x^2+ x^3+\cdots=\frac{1}{1-x} \] となることは想像できるであろう(ここで$x$は数値ではなく単なる文字であることに注意する). これを拡張する.
補題 6.1
$d \geq 1$に対し,数列$\left\{ \binom{d+n-1}{d-1} \right\}_{n=0}^{\infty}$の母関数は \[ \sum_{n=0}^{\infty} \binom{d+n-1}{d-1}x^n=\frac{1}{(1-x)^d} \] である.
証明
等式 \[ \frac{1}{(1-x)^d}= (1+ x+ x^2+ x^3+\cdots)^d \] の右辺を展開すると,$x^n$の係数は,方程式 $z_1+z_2+\cdots+z_d=n$ の非負整数解の個数であるから,それは \[ \binom{d+n-1}{n}=\binom{d+n-1}{d-1} \] となる.
今,$f : \mathbb{Z}_{\geq 0} \to \mathbb{R}$を数列$\{ a_n \}_{n=0}^{\infty}$を表す写像とする.つまり$f(n)=a_n$である.$f$が多項式の場合,その母関数は上記のような単純な形に変形できる.
命題 6.2
写像$f : \mathbb{Z}_{\geq 0} \to \mathbb{R}$に対し,$f$が高々$d$次の多項式であることと, 高々$d$次の多項式$g$が存在して, \begin{equation} \label{generating} \sum_{n=0}^{\infty} f(n) x^n=\frac{g(x)}{(1-x)^{d+1}}\cdots\cdots (6) \end{equation} が成り立つことは同値である.
証明
$V$を$\mathbb{Z}_{\geq 0}$から$\mathbb{R}$への写像全体の集合とする.このとき,写像上の通常の演算により$V$は線型空間となる. また$V_1$を高々$d$次の多項式として表される$\mathbb{Z}_{\geq 0}$から$\mathbb{R}$への写像全体の集合とすると,これは$V$の部分空間となり,特に,次元は$d+1$である. 次に$V_2$を$\mathbb{Z}_{\geq 0}$から$\mathbb{R}$への写像$f$で,高々$d$次の多項式$g$が存在して,等式(6)が成り立つもの全体の集合とする.これもまた$V$の部分空間で,次元は$d+1$である.

$V_1=V_2$が成り立てば命題の主張は示せる. 今,$f \in V_2$をとる.すると,高々$d$次の多項式$g(x)=b_0+b_1 x + \cdots + b_n x^n$が存在して,等式(6)を満たす. 補題 6.1から \begin{align*} \sum_{n=0}^{\infty} f(n) x^n=\frac{g(x)}{(1-x)^{d+1}}=\left( \sum_{n=0}^{\infty} \binom{d+n}{d}x^n \right) \cdot g(x) \end{align*} となる.両辺の係数を比較すると, \begin{align*} f(n)=\sum_{i=0}^{d} b_i \binom{d+n-i}{d} \end{align*} となり,$f(n)$は高々$d$次の$n$に関する多項式である.よって$f \in V_1$が従い,$V_2 \subset V_1$がわかる.$V_1$と$V_2$の次元が同じなので,従って$V_1=V_2$となる.
$d$次元格子凸多面体$\mathcal{P} \subset \mathbb{R}^N$に対し,Ehrhart多項式から得られる数列$\{L_{\mathcal{P}}(n)\}_{n=0}^{\infty}$の母関数 \[ {\rm Ehr}_\mathcal{P}(x):=\sum_{n=0}^{\infty} L_{\mathcal{P}}(n) x^n \] を$\mathcal{P}$のEhrhart級数 (Ehrhart series)という.Ehrhart多項式は$d$次の多項式であったので,命題 6.2から高々$d$次の多項式$h^*(x)=h^*_0+h^*_1 x + \cdots + h^*_d x^d$が存在して, \[{\rm Ehr}_{\mathcal{P}}(x)=\frac{h^*(x)}{(1-x)^{d+1}}\] と変形できる.この多項式$h^*(x)$のことを$\mathcal{P}$の$h^*$多項式といい,その係数の列$h^*(\mathcal{P})=(h^*_0,h^*_1,\ldots,h^*_d)$を$h^*$列という.特に,$h^*_i$は整数であることに注意する. 命題の証明により,Ehrhart多項式は \[ L_{\mathcal{P}}(n)=\sum_{i=0}^{d} h^*_i \binom{d+n-i}{d} \] として$h^*$列から計算できる. また,簡単な計算により,

  • $h^*_0=1$,
  • $h^*_1=|\mathcal{P} \cap \mathbb{Z}^N|-(d+1) \geq 0$,
  • $h^*(1)=h^*_0+\cdots+h^*_d$は$\mathcal{P}$の正規化体積${\rm Vol}(\mathcal{P})$と一致する.ここで,正規化体積とは$\mathcal{P}$の${\rm aff} (\mathcal{P})$での体積の$d!$倍である.特に正規化体積は常に整数となることに注意する.

  • 次に内部の格子点の個数に関する母関数を考えるが,便宜上,数列$(0,L^*_{\mathcal{P}}(1),L^*_{\mathcal{P}}(2),\ldots)$の母関数を考える.すると次の定理が成り立つ.
    定理 6.3
    等式 \[ \sum_{n=1}^{\infty} L_{\mathcal{P}}^*(n) x^n = \frac{h^*_d x + h^*_{d-1} x^2 + \cdots + h^*_0 x^{d+1}}{(1-x)^{d+1}} \] が成り立つ.
    証明
    \[ \frac{h^*_d x + h^*_{d-1} x^2 + \cdots + h^*_0 x^{d+1}}{(1-x)^{d+1}}=\sum_{n=1}^{\infty} b_n x^n \] とすると,補題 6.1から \begin{align*} b_n&=\sum_{i=0}^d h^*_{d-i} \binom{d+n-i-1}{d}\\ &=\frac{1}{d!} \sum_{i=0}^d h^*_{d-i} (d+n-i-1) (d+n-i-2) \cdots (n-i)\\ &=\frac{1}{d!} \sum_{i=0}^d h^*_{i} (n+i-1) (n+i-2) \cdots (n+i-d)\\ &=(-1)^d \frac{1}{d!} \sum_{i=0}^d h^*_{i} (-n-i+1) (-n-i+2) \cdots (-n-i+d) \end{align*} となる.するとEhrhart-Macdonald相互法則により, \[ b_n=(-1)^d L_{\mathcal{P}}(-n) = L_{\mathcal{P}}^* (n) \] が従い,定理が導かれた.
    $d$次元格子凸多面体$\mathcal{P} \subset \mathbb{R}^N$に対し,$\deg (\mathcal{P})$を$\mathcal{P}$の$h^*$多項式の次数とする.つまり$\deg(\mathcal{P})=r$なら$h^*_r \neq 0$かつ$h^*_{r+1}=\cdots=h^*_{d}=0$である.さらに${\rm codeg}(\mathcal{P})=d+1-\deg(\mathcal{P})$とする. この定理から次の系が従う.
    系 6.4
    これまでのことから,$h^*$列において$h^*_0,h^*_1,h^*_d$は非負整数であることがわかっている. 実は,すべて非負整数になることが知られている.
    定理 6.5 (Stanleyの非負性定理)
    任意の$i$に対して,$h^*_i \in \mathbb{Z}_{\geq 0}$である. 
    一般の場合は証明しないが,実は単体の場合は以前の証明の中で示されている. より一般に,単体の場合,$h^*_i$が数え上げで計算できる.
    定理 6.5
    $\mathcal{P} \subset \mathbb{R}^N$を$d$次元格子単体,$\mathbf{a}_0,\ldots,\mathbf{a}_d$をその頂点とし,$j=0,\ldots,d$に対し,格子点$\mathbf{x} \in \mathbb{Z}^N$で \[\mathbf{x}= \sum_{i=0}^d \lambda_i \mathbf{a}_i, \ \ \ \ 0 \leq \lambda_i <1 , \ \ \ \ \sum_{i=0}^d \lambda_i=j\] と表示されるものの全体からなる集合を$S_j$とする. このとき,$i=0,\ldots,d$に対し, \[ h^*_i=|S_i| \] が成り立つ.
    証明
    補題 5.5で示した等式 \[ L_{\mathcal{P}}(n)=\sum_{j=0}^d |S_j| \binom{n+d-j}{d} \] から従う.
    例 6.6
    $\mathcal{P} \subset \mathbb{R}^3$を$(0,0,0),(1,0,0),(0,1,0),(1,1,3)$を頂点とする$3$単体とする. \[ \lambda_0 (0,0,0) + \lambda_1 (1,0,0)+ \lambda_2(0,1,0)+\lambda_3 (1,1,3) \] が格子点となる$0 \leq \lambda_i <1$を考えると,$\lambda_3=0,1/3,2/3$となることがわかる. さらに$\lambda_0+\cdots+\lambda_3$が整数となるときを考えると, \[ (\lambda_0,\lambda_1,\lambda_2,\lambda_3)=(0,0,0,0),(1/3,2/3,2/3,1/3),(2/3,1/3,1/3,2/3) \] となる.よって$|S_0|=1,|S_1|=0,|S_2|=2,|S_3|=0$となるので,$h^*(\mathcal{P})=(1,0,2,0)$である. 特に, \[ L_{\mathcal{P}}(n)=\sum_{i=0}^3 h^*_i \binom{n+3-i}{3}=\frac{1}{2}n^3+n^2+\frac{3}{2}n+1 \] を得る.
    最後にEhrhart多項式($h^*$多項式)に関する未解決問題を紹介する.
    問題
    非負整数係数多項式$1+h^*_1 x +\cdots+h^*_d x^d$がある$d$次元格子凸多面体の$h^*$多項式となる必要十分条件を見つけよ.
    この問題はかなりの範囲で未解決である.部分的な結果を紹介する.

    次元が低いとき
  • $d=0,1$のときは自明である.
  • $d=2$のときは,Scottにより証明されている.
    ($1+h^*_1 x$または$1 \leq h^*_2 \leq h^*_1 \leq 3 h^*_2 +3$または$1+7x+x^2$を満たす)
  • $d=3$のときは,内部に格子点を持つ場合(つまり$h^*_3 \neq 0$)は未解決(持たない場合は次の場合から従う).

  • 次数が低いとき
  • 次数が$0$,つまり$1$のときは自明.
  • 次数が$1$,つまり$1+h^*_1 x$のときはBatyrev-Nillにより証明されている.
  • 次数が$2$,つまり$1+h^*_1 x + h^*_2 x^2$のときは,Henk-TagamiとTreutleinにより証明されている.

  • 体積が小さいとき
  • 正規化体積が$3$以下,つまり$1+h^*_1+\cdots+h^*_d \leq 3$のときは,Hibi-Higashitani-Nagazawaにより証明されている.
  • 正規化体積が$4$のときは,Hibi-Higashitani-Liにより証明されている.
  • 正規化体積が$5$のときは,HigashitaniとTsuchiyaにより証明されている.

  • 項が少ないとき
  • 二項のみ,つまり$1+h^*_k x^k$のときは,Batyrev-Hofscheirにより証明されている.
  • 三項かつ対称,つまり$1+h^*_k x^k + x^{2k}$のときはHigashitani-Nill-Tsuchiyaにより証明されている.